最近NHKBSTVで「二人の旅路」というドキュメンタリーが放送された。中国から日本へと移り住んできた或る中国人夫婦の軌跡をたどったものである。夫は中国人、妻は日本人の父と中国人の母との間に生まれた。戦後父親は日本に強制送還され、母と子は中国に残された。母はその後再婚し、その子が日本人であることを周囲の人に隠して暮した。彼女は美しく成長し、京劇の役者となり、やはり京劇の人気役者であった男性と知り合い結婚したのだった。幸せな生活を送っていたある日、日中国交正常化のニュースが流れる。彼女は父親を探すべく日本政府へ手紙を書いたのだった。その後、父親の消息が判明し、父親から手紙が来る。その時父親は南米に住んでいたのだった。しかし皮肉にもそのような日本政府や父親との手紙のやり取りによって、彼女が日本人ということが周りの人たちに知られることになった。そのことが夫婦二人の人生を大きく変えることとなったのである。中国で日本人として生きていくには、まだまだ大きな障害があったということは想像に容易い。ましてや夫婦二人とも劇団のトップスターである。彼女が出した決断は、日本に移住するというものだった。夫は国家第一級の京劇役者という地位を捨て、妻とともに日本で暮らすことになった。しかし日本での生活は容易ではなかった。それに父とは会えぬまま死亡の知らせを聞くことになる。それから30年余り、夫婦は昔住んでいた寧夏の劇団の要請で、寧夏を訪ね、夫は「覇王別妃」を演じることになった。このドキュメンタリーを見ているうちに思い出した。昨年のどんたくの舞台で太極拳をやっていた中国人の団体の中の一人ではないか。話しかけると愛想良く答えてくれた品のいい男性だ。妻は夫に対して長い間負い目を感じていた。ずっと中国にいたなら役者として成功していたに違いない。最後に夫はとびきりの笑顔で言った。「何も後悔していない。今が一番幸せ」と。