自炊生活の苦労は食糧の備蓄にどうしても偏りがでてしまうことだ。今朝も夜勤が終わって戻ってきて冷蔵庫を開けてみる。納豆、豆腐、ヨーグルトの他には気の効いたものが何もない。果物は大きな「新高」という種類の梨が残っている。北洋産赤魚粕漬けが一匹残っているが、昨日食べたばかりだから二日続きは敬遠してしまう。そこで目についたものが昨日、伊勢原の「わくわく広場」に売っていた個人パン店委託ブースコーナーの「コッペサンド」だ。ちょっとした空腹時の埋め草みたいに買っておいてよかった。「子猫のパン屋」さんなのか「高久ベーカリー」なのか「街のパン屋さんドリーム」のものなのか、袋を捨ててしまって忘れている。いずれも茅ヶ崎、平塚付近の個人企業が奮戦している様子がパンの味にも反映している。同じ伊勢原や座間にも「オーケー」「フラワーランド」とか「なかや」スーパーみたいな食糧他分野では下剋上みたいに活性が感じられるのに、パンだけは「ヤマザキ」「パスコ」「神戸屋」等の人が悪いマーケティングパンにいいようにやられている店が多い。あまりのまずさに義憤にかられて個人企業パンを買うのを趣味にして各地を徘徊しているが、このコッペパンもそんな買い置き品の一つだ。
昔、少年時代に横浜の「日本堂(野毛坂、新吉田商店街にあった)」「シベリア」や「甘食」パンに魅せられたみたいにコッペの味もたまらなく懐かしい。コッペパンの中身はピーナツバターだ。目黒の東山の奥まった場所にある孤高のパン屋「関口ベーカリー」にはこのところ、まったく寄り道するチャンスがない。その「関口」ではデリカシーが欠如したコッペよりもちいさなホットドック用のフランスパンに自家製ピーナツバターを挟んで売っていた。作る順序が厳密化しているみたいでこのコッペパンの味に焦がれているのにめぐり合うチャンスはなかなかない。この「関口」の味を思い出しながら食べてみる。パンの味は昭和中期風のバター(マーガリン)不足な淡白味よりも美味だ。しかしピーナツバターはコクが不足しているのにやたらに甘いのが難点である。とびきり苦いブラックコーヒーでこのコッペパンを味わう。添え物は先だってマーマレードと間違えて買ってきてしまった「完熟アルフォンス・マンゴー」のピューレをヨーグルトに垂らして食べてみる。
食後は秋めいてきた空気に溶け込むような北欧ジャズ歌手の好きなLPを流して安らぎを得る。モニカ・ボーフォス(スエーデン)ライラ・ダルゼ(ノルウエー)、カプリスとかジェミニのようなレコード会社は沢山の腹を据えたようなよい群小LP・CDを続出しているので密かに買い集めている。それにしてもサイドメン達の見かけはバイキングの末裔みたいに荒くれ風な容姿をしているのに、歌への心はなんと潤沢な連中が多いのだろう。スペルが読めないのがまことに残念だ。モニカ・ボーフォス、ライラ・ダルゼともにおばちゃんシンガーだが、北欧はおばちゃんシンガーが歌というものを根底からわかっているみたいだ。ボーフォスのLPではロジャース&ハーツの「ユー・アー・ツー・ビューティフル」、ステファン・イサクソンのテナー伴奏がまったく素晴らしい。ライラ・ダルゼではあの懐かしいアン・バートンやカリン・クロッグもよい歌を聞かせている「サム・アザー・タイム」がいい。こちらは長身で髭だるまみたいなトロンボーンが伴奏のソロを沢山とるのだが、こちらもザラザラな感触のロマンティズムを披歴している。台風20号が東に去って、言葉どおりの秋が来ると、予報士は報じていたが、我が寓居にも本格的なジャズタイムが訪れてきている。