こないだ実家に帰ったとき、正月にやってたBSフジの番組「古事記の世界」の最終回(録画)を見たのですが。
全体的に悪いイメージのある部分は削ってる内容でしたね。
最終回でやった部分は「須世理姫と大国主の婚姻」と「国譲り」なのですが。
国譲りのところがなぁ。
番組としては「実際に出雲に巨大な権力を持ったヤマトとは別の国家が存在した」「それらが話し合いで国の併合を行った」この2点が中心なのですが。
出雲の勢力の根拠は、出雲近辺で出土したという大量の銅剣と、あと、銅鐸でしたかね。
銅鐸はヤマトの国の文化では存在しないので、そこからヤマトとは別の文化を持った別国家の存在の根拠になるわけですわ。
まぁ、そこはいいんだよ。
普通にスルーなんですけど。
国譲りのところがさ。
話し合いには違いないけど、バックに軍事力が存在する話し合いなわけですよな。
軍神である建御雷を派遣して、剣を逆さに立て、その切っ先に胡坐かいて座るなんて。
ようは自分の強さを見せ付けているわけですよ。
普通なら肛門に剣が突き刺さって死ぬところなのに、俺は平気で、胡坐までかけてしまう。俺は強いぞ、と。
そこのところ、スルーでしてね。
まぁ、悪意を持って捻じ曲げて語られるよりは万倍マシなんですけど。
で、その強さに気圧された大国主は「私一人の一存では決められない。私には息子が二人居るから、彼らの意見も聞いてみてくれ」と返して。
そこで最初に意見を聞きに行った大国主の息子・事代主は「いいですよ。国はお譲りします」と応えるわけですが。
このとき、逆拍手を打つ。
ここ、拍手を打ってどっかに行ってしまった、と軽く流してたんですわ。
大事なんだけどな。言外で「本当は嫌だけど、そのために戦争するのは嫌なんで認めますわ。でも本当は納得して無いよ」って気持ちが現れてる行為ですので。
逆拍手。(呪いの行為だからね。これは)
メガテンの攻略本にさ「古事記は支配される側の気持ちなんてほとんど書かれて居ない」なんて記述を昔見たことあるんですけど。
んなわけねーじゃん。
すっげー気を使って書いてますわ。
何でそんなことをしたのか?
そりゃ、古事記が編纂されたときは、まだ「自分は出雲系」って知ってる人が居て、その人が無視できない力を持ってたからでしょ。
ここで出雲を軽視するような記述にすると、その人たちが「あっそ。だったらいっぺん国を割る戦争をやってみるか?」って言い出さないとも限らない。
そこらへんが全く触れられてなくてね。
非常に残念でした。
ここが面白いところなんだけどな。
話し合いで国を併合したから、併合された側の国の有力者がそのまま併合後の国のそこそこの有力者で居続けて。
だからこそ、無視できなかったという。
これが武力で完全に滅ぼして併合だったらさ。
併合される側の支配階級なんて、殺されるか、最下層の弱者に転落するしかないですよね。
中には寝返ってかつての敵国の貴族に納まる奴も居るかもしれませんけど。
そんなのが発言力あるわけありませんし。
番組では「話し合いで併合したのは、併合後に恨みを残さないため。そのために、相手の祭っている神をそのまま祭ることを許した」って風に、プラスの面だけ語ってましてね。
まぁ、間違いだとは思わないけど、もうちょっと詳しく話して欲しかったな。
で、その後。
事代主とは違い「何ふざけたことを言ってんの?」と立ち向かってきたもう一人の息子神・建御名方。
この神と建御雷との力比べが、相撲の起源になったと言われている。
この話は面白かったですけどね。(この2柱の神に奉納するために、神社前で裸の男のぶつかり合いをやってたのが相撲のはじまりだそうで)
力比べの開幕でいきなり建御雷が建御名方の腕を引き千切ったとか切断したというグロシーンカット。
ここもさ、色々考えられるとこなんですけどね。
実際に併合交渉をされた際、剣を取って立ち上がった人居たんでしょうけど。
ヤマト軍に相当ケチョンケチョンに倒されたんだろうな、ってのが想像できるわけですわ。
いきなり腕切られたんだから、軍をいきなり壊滅状態にされたのかもしれませんね。
で、腕を奪われた建御名方は現在の島根県から、長野県まで逃げ。
そこで建御雷に捕まって、殺されそうになったとき。
「申し訳ありませんでした。国譲りを認めます。もう私は諏訪の国に留まり、ここから二度と出て行きませんから、どうか命だけは」と命乞いし。
建御雷はそれを受け入れ「息子たちの許可はとりつけたぞ」と再び大国主に迫る。
多分、反乱軍、皆殺しにはされなかったんでしょうね。
責任者の斬首ぐらいはあったでしょうけど。
そうでないと、建御名方って神は現在は存在しないか、悪の神になってないとおかしいですしの。
そこらへんも詳しく語って欲しかったんですけど、無かったなぁ。
で、最後に、シリーズ通しての司会的立場のホラン千秋が「古事記は私たち日本人がどう生きるべきなのかを指し示している」みたいなことを言ってましてね。
いやいやいやいや;
古事記、ハッキリ言って道徳的では全然無いですやん。
気に食わないことあると暴れる神様居るし。
約束を破った挙句、一方的に離婚宣言する神様居るし。
でも、大事ですけどねぇ。
文字の無かった時代に口伝として伝わってた歴史ですからの。古事記は。
どう生きるか、じゃなくて、どういう風に考えていたか、が正しいかと。
全体的に悪いイメージのある部分は削ってる内容でしたね。
最終回でやった部分は「須世理姫と大国主の婚姻」と「国譲り」なのですが。
国譲りのところがなぁ。
番組としては「実際に出雲に巨大な権力を持ったヤマトとは別の国家が存在した」「それらが話し合いで国の併合を行った」この2点が中心なのですが。
出雲の勢力の根拠は、出雲近辺で出土したという大量の銅剣と、あと、銅鐸でしたかね。
銅鐸はヤマトの国の文化では存在しないので、そこからヤマトとは別の文化を持った別国家の存在の根拠になるわけですわ。
まぁ、そこはいいんだよ。
普通にスルーなんですけど。
国譲りのところがさ。
話し合いには違いないけど、バックに軍事力が存在する話し合いなわけですよな。
軍神である建御雷を派遣して、剣を逆さに立て、その切っ先に胡坐かいて座るなんて。
ようは自分の強さを見せ付けているわけですよ。
普通なら肛門に剣が突き刺さって死ぬところなのに、俺は平気で、胡坐までかけてしまう。俺は強いぞ、と。
そこのところ、スルーでしてね。
まぁ、悪意を持って捻じ曲げて語られるよりは万倍マシなんですけど。
で、その強さに気圧された大国主は「私一人の一存では決められない。私には息子が二人居るから、彼らの意見も聞いてみてくれ」と返して。
そこで最初に意見を聞きに行った大国主の息子・事代主は「いいですよ。国はお譲りします」と応えるわけですが。
このとき、逆拍手を打つ。
ここ、拍手を打ってどっかに行ってしまった、と軽く流してたんですわ。
大事なんだけどな。言外で「本当は嫌だけど、そのために戦争するのは嫌なんで認めますわ。でも本当は納得して無いよ」って気持ちが現れてる行為ですので。
逆拍手。(呪いの行為だからね。これは)
メガテンの攻略本にさ「古事記は支配される側の気持ちなんてほとんど書かれて居ない」なんて記述を昔見たことあるんですけど。
んなわけねーじゃん。
すっげー気を使って書いてますわ。
何でそんなことをしたのか?
そりゃ、古事記が編纂されたときは、まだ「自分は出雲系」って知ってる人が居て、その人が無視できない力を持ってたからでしょ。
ここで出雲を軽視するような記述にすると、その人たちが「あっそ。だったらいっぺん国を割る戦争をやってみるか?」って言い出さないとも限らない。
そこらへんが全く触れられてなくてね。
非常に残念でした。
ここが面白いところなんだけどな。
話し合いで国を併合したから、併合された側の国の有力者がそのまま併合後の国のそこそこの有力者で居続けて。
だからこそ、無視できなかったという。
これが武力で完全に滅ぼして併合だったらさ。
併合される側の支配階級なんて、殺されるか、最下層の弱者に転落するしかないですよね。
中には寝返ってかつての敵国の貴族に納まる奴も居るかもしれませんけど。
そんなのが発言力あるわけありませんし。
番組では「話し合いで併合したのは、併合後に恨みを残さないため。そのために、相手の祭っている神をそのまま祭ることを許した」って風に、プラスの面だけ語ってましてね。
まぁ、間違いだとは思わないけど、もうちょっと詳しく話して欲しかったな。
で、その後。
事代主とは違い「何ふざけたことを言ってんの?」と立ち向かってきたもう一人の息子神・建御名方。
この神と建御雷との力比べが、相撲の起源になったと言われている。
この話は面白かったですけどね。(この2柱の神に奉納するために、神社前で裸の男のぶつかり合いをやってたのが相撲のはじまりだそうで)
力比べの開幕でいきなり建御雷が建御名方の腕を引き千切ったとか切断したというグロシーンカット。
ここもさ、色々考えられるとこなんですけどね。
実際に併合交渉をされた際、剣を取って立ち上がった人居たんでしょうけど。
ヤマト軍に相当ケチョンケチョンに倒されたんだろうな、ってのが想像できるわけですわ。
いきなり腕切られたんだから、軍をいきなり壊滅状態にされたのかもしれませんね。
で、腕を奪われた建御名方は現在の島根県から、長野県まで逃げ。
そこで建御雷に捕まって、殺されそうになったとき。
「申し訳ありませんでした。国譲りを認めます。もう私は諏訪の国に留まり、ここから二度と出て行きませんから、どうか命だけは」と命乞いし。
建御雷はそれを受け入れ「息子たちの許可はとりつけたぞ」と再び大国主に迫る。
多分、反乱軍、皆殺しにはされなかったんでしょうね。
責任者の斬首ぐらいはあったでしょうけど。
そうでないと、建御名方って神は現在は存在しないか、悪の神になってないとおかしいですしの。
そこらへんも詳しく語って欲しかったんですけど、無かったなぁ。
で、最後に、シリーズ通しての司会的立場のホラン千秋が「古事記は私たち日本人がどう生きるべきなのかを指し示している」みたいなことを言ってましてね。
いやいやいやいや;
古事記、ハッキリ言って道徳的では全然無いですやん。
気に食わないことあると暴れる神様居るし。
約束を破った挙句、一方的に離婚宣言する神様居るし。
でも、大事ですけどねぇ。
文字の無かった時代に口伝として伝わってた歴史ですからの。古事記は。
どう生きるか、じゃなくて、どういう風に考えていたか、が正しいかと。