おばあちゃんの知恵で傷口にツバをつけると傷が治るというのを聞いたことのある人も多いのはないでしょうか? おまじないめいたこの行為、実は、科学的な裏付けがあるのです。
唾液のほとんどは水分ですが、その中には抗菌や殺菌作用のある“免疫グロブリン”や“リゾチーム”といった抗菌物質が含まれていてます。それだけではありません! 唾液の中には傷を早く修復するための“上皮成長因子(EGF)”が含まれていて、傷口の修復が加速するのです。実際、1962年に、このEGFはマウスの唾液腺から発見され、発見者であるコーエン博士は1986年にノーベル賞を受賞しました。
EGFは唾液だけでなく、血液や母乳など全身に存在します。そんなEGFはアミノ酸が連なった“たんぱく質”であり、細胞が若返るスイッチとなる働きをするのです。
詳しく説明すると、EGFは血液中を漂う細胞を若返らせる“信号”であり、これが細胞表面のEGF受容体と結合すると、細胞の若返りスイッチが“オン”になります。すると、細胞のEGF受容体を介して細胞を若返らせる信号が細胞内に伝わり、新しい細胞をつくったり増やしたり、また正常に働くために調節する作用を発揮するのです。
肌では、コラーゲンやエラスチンを産生する線維芽細胞の成長促進や機能を整えることでシワ改善や皮膚のハリに効果をもたらすと言われています。また、ターンオーバーを正常化させることで、黒ずみやくすみを改善します。
しかし、その若返りのシグナルがどれくらいすごいかピンとこない人も多いでしょう。そこで、がん細胞は無秩序に増殖を続けカラダを蝕んでしまうことはご存知の通りですが、なぜがん細胞はこれほど異常に増殖するのか考えてみましょう。
がん細胞には健康な細胞と比べて、EGF受容体が異常にたくさん存在します。そのため、EGFに過敏に反応してがん細胞が次々に生まれるのです。がん細胞の増えかたを考えると、EGFのシグナルの強さが理解できますね。このようなEGFの特性を逆手に取ったのが「イレッサ」や「ハーセプチン」といった抗体治療と呼ばれるがん治療です。これらはEGF受容体をブロックする薬、つまり、細胞増殖のシグナルを効かなくすることでがんの異常増殖を食い止める薬であり、がんの特効薬として医療現場で大活躍しています。
他の分野では、床ずれの治療や火傷や傷などを負った肌の再生、角膜の再生などにEGFをはじめとする様々な“成長因子”が使われており、細胞の再生医療にはなくてはならない要素として注目されています。
EGFは体内で自然に分泌している成長因子ですが、年齢とともに分泌量が減少することがわかっています。20歳以降でEGF分泌量は急激に減少し始め、30歳で20歳の時の2/3、40歳で半分程度にまで落ち込みます。それに伴い、皮膚のターンオーバー(新陳代謝)や細胞の再生能力が低下し、肌の老化現象を引き起こします。
日常生活においてEGFを増やす方法論は残念ながら提唱されていません。しかし、EGFは化粧水・美容液にも含まれており、日常的に補うことができます。EGFは化粧品では「ヒトオリゴペプチド-1」などと表示されていて、シワやたるみの改善、ターンオーバーの乱れによる黒ずみやくすみの解消が期待できると考えられています。
また、EGFの働きを最大化する工夫はできます。ビタミンD3やトレチノインはEGFの効きを良くすることがわかっています。特にビタミンD3は生活習慣の影響をダイレクトに受けますので、一日10分は意識して太陽光を浴びる(日焼けしない工夫はマスト)、イワシ、カツオ、サケなどの魚介類や卵黄やバターなどのビタミンD3を多く含む食事を摂る(難しければサプリで)を心がけてください。