散歩者goo 

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昨日記20241130 土 退院後1週間の近況・筋力持久力の低下

2024年11月30日 17時36分19秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
11月24日午前10時過ぎに退院手続きを済ませてから病棟を出て病院の1Fで、強い疲労感に襲われ病院内の売店でコーヒーを買ってイートインスペースでコーヒーを飲みながら体を休めた。
日曜日の退院は、入院費の清算が、玄関から離れた救急やDMATのある場所で、私のいた病棟から一番遠くにあった。
そもそも国立大阪医療センターの建屋は想像以上に広く病棟から休日受付窓口で清算するまで、道に迷ったりして、かなりの距離を歩き非常に疲れた。
更に、退院時に病棟での確認手続きを終え病棟を出るときには、入院時に持ち込んだ重いリュックを背負って帰ることになる。
入院時は、リュックの重さが気にならなかったが、退院時は事務手続きで歩き回ったこともあり。非常に重く感じ病院の売店で休まなければ歩けないほど疲れていた。
この日、朝食後までは体調も良く、元気な状態で家に戻れると思っていた。
しかし、筋力体力は想像以上に低下していて、病棟を出るときに受けとった、私がその日の朝にパッキングしたリュックは、中身は入院時と変わらないはずなのだが、非常に重く感じた。
病院を出てから長い距離を改札まで歩き、地下鉄を乗り継ぎしながら、たびたび立ち止まり休んだ。
地元の駅到着後も、激しい疲労を感じながら家まで歩いたが、途中の喫茶店で耐え切れず入り休んだ。

退院したその日からジムに行き、自分なりのリハビリメニューを作り実行した。
退院日はストレッチのレッスンに参加し、その後自転車こぎを病院のリハビリメニューと同じ要領で行ったが、何の問題もなかった。
翌日トレッドミルで歩いてみた。
時速4kmで10分間、前のバーを持ちながら歩いたが、右大殿筋あたりに激しい疲労を感じ歩行を中止した。
このことに、大きな不安を感じた。
将来、ゆっくりとしか歩けなくなるのではないかと思った。
その後、今日まで、雨の日以外はジムに行き必死にリハビリを行っている。
退院当時は、歩いていて多少ふらつきを感じたが今はない。
ただ、トレッドミルの歩行で判明した右足の筋力や持久力の低下は、少しずつよくなりつつあるが、その回復力はかなり遅い。
そもそも、9月の左足手術も実はそうだったのであろうが、右足が健常なので左足をカバーしていたようで、こうしたことに気が付かなかったようだ。
これからは左右の脚が弱体化した現実を受け止め、今後のリハビリでどれだけ回復するのか、しっかりとみていきたい。
実は2週間近い入院生活で、姿勢を制御する筋肉群も衰えているようだ。
骨盤周辺の筋肉群(大殿筋、中殿筋、・・・・)は人体の姿勢制御にも関連しているが、入院時に歩いたり、立ったりすることは、日常生活から比べるとほとんどなかったので、安静状態に近く、かなり衰えているようだ。
現実に、家事をするときに、退院直後から大きな疲労を感じていたが、日がたつにつれ、疲労感は少しずつ軽くなっているようだ。


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20241126 火 近況短信 2度目の手術入院

2024年11月26日 20時20分11秒 | 日記(昨日記・今の思い考え・行動・情況)
11月13日水曜日 手術を受けるため国立大阪医療センターへ入院し、11月15日に手術し、11月24日日曜日退院。

これまでの経緯
9月25日に左の足腰がしびれ力が入らなくなり、ジムから救急車に乗せられた。
しかし、救急車は停止したまま、救急隊員が細かく私の病状を聞き取り、受け入れ病院を探し始めた。
その結果、周辺の病院に全く空きがなく、たまたま大阪城近くの国立大阪医療センターなら外来のみ受診ということで私は了解し、救急搬送された。
実は病院に運ばれたときに、こんなところに病院があったのかと思ったが、以前国立大阪病院と言っていたところかなと気づいたが、どの程度の病院かよく知らなかった。(大阪城周辺や難波の宮近辺は、よく自転車で通っていたが、病院を気にしたことは無かった。)。
病院到着後救急外来で9時ごろまで救急外来で問診や検査を受け、看護師からこのままだと外来で湿布薬を貰って帰宅することになりますと告げられ、その後の手続きを待ち、地下鉄で帰る準備をしようとした。
そのころには、左足腰のしびれもかなり収まり、痛みはなく足に多少力が入るようになった。
その後、再度同じ医師2人が来て(後の主治医)が来て、念のためにもう少し検査しておこうと言って、CT室に運ばれた。
CT撮影後に救急外来に戻ってしばらくして、医師が来た。
腸骨動脈瘤で左右に一つずつあり4センチ前後の大きさだと告げられた。
初めて聞いた病名だが、とにかく動脈瘤で4センチとは、破裂すると内出血し命にもかかわるだろうし、ただ事ではないと思った。
先生は、動脈瘤は2センチを超えると処置をするのが一般的だといった。
即入院と思ったが、その通りになり9月30日の手術日まで救命救急病棟で、元気なのにベッドから一歩も降りられない日々を送った。
結果、9月25日のジムからの着の身着のまま(運動時の服装)入院し、9月30日に左側の4.5センチの動脈瘤を全身麻酔で処置し10月9日に退院したが、自覚症状がなければ見つけることは困難で、本当に運がよく不幸中の幸いだったと思っている。
(もし9月25日に湿布薬を貰って帰宅していれば、ある日突然動脈瘤が破裂し、原因や破裂部位が不明のため、大量出血で命を落としたり、足腰に大変な障害が残ることになるかもしれなかったと想像している。)

今回は、右側の約3.5センチの動脈瘤を処置するための入院で、11月15日に全身麻酔をかけ4-5時間の手術をしたようだ。
手術後は18日午前までICUにいたため、移動はすべて車いすで、ベッドから降りることが許されなかった。
18日に、一般病棟に移り、手術後の経過は順調で、11月24日に退院した。

1回目の退院時にも痛感し、退院後ジムで必死にリハビリに励んだが、時速5キロメートルで20分歩くと息があがった。(運動直後の血圧145で5分後は120台)
今回の退院後の筋力体力も、予想通り驚くほど低下していた。
退院時は一人で重い荷物をリュックに詰め、地下鉄に乗り一人で家まで歩いて帰ったが、途中耐え切れず2回喫茶店に入り休んだ。
健康な時には全く考えられないことで衝撃を受けた。
(1回目の退院時は病院からタクシーに乗りジムまで行き、ジムに置いていた自転車で自宅まで戻った。)

病院内で、リハビリしていた時に、すでに筋力体力の低下を感じていたが、実生活に戻ると想像以上に低下していた。
入院前の筋力体力に戻るのは、年齢を考えると無理かもしれないが、あきらめず頑張るしかないのだろう。
それでも、普段運動した積み重ねが、体力筋力の回復を早めてくれると信じている。

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