ミュゼふくおかカメラ館で
哲学的テーマに関する閃きがありました。
いわゆる
普遍論争です。
客観的な実体は
実在するという実在論と
名前、記号だけとする
唯名論です。
キリスト教的な存在論から言えば
霊魂や天使という
普遍概念は
心のなかにあるイメージ(表象)だけでなく
実在する実体であります。
つまり
存在論から
認識論を再構築すれば
スコラ神学や
近代哲学の誤謬が
すっきりすると思いました。
カメラのレンズと
目のレンズ
そして
心眼のような
五感の認識以外の
直観(ヌース)が
知識の源泉となります。
言語的な論理学に
命題の真偽を委ねる
アリストテレス以来の
屁理屈は
間違いの元です。
やはり
プラトンが
異邦人の自然哲学者として
真理に近いと思いました。
高橋記(ネオプラトン主義)
哲学的テーマに関する閃きがありました。
いわゆる
普遍論争です。
客観的な実体は
実在するという実在論と
名前、記号だけとする
唯名論です。
キリスト教的な存在論から言えば
霊魂や天使という
普遍概念は
心のなかにあるイメージ(表象)だけでなく
実在する実体であります。
つまり
存在論から
認識論を再構築すれば
スコラ神学や
近代哲学の誤謬が
すっきりすると思いました。
カメラのレンズと
目のレンズ
そして
心眼のような
五感の認識以外の
直観(ヌース)が
知識の源泉となります。
言語的な論理学に
命題の真偽を委ねる
アリストテレス以来の
屁理屈は
間違いの元です。
やはり
プラトンが
異邦人の自然哲学者として
真理に近いと思いました。
高橋記(ネオプラトン主義)