宋斤の俳句「早春」昭和十五年三月 第二十九巻三号 近詠 俳句
近詠
河内八尾
春ぐもり野に飛ぶものに飛機去らず
常光寺
凍ゆるむ闇庵の返書叉吾郎
寺いくつみな大きくて餘寒町
水を知らず家鴨よごれて春野かな
市場
みちすこし泥にて來る荷菠薐草
種もの屋町になかりし日南染む
途上
白提燈戦死の家の春ならじ
八尾城址
神社乃ち城址春寒む一碑せる
恩地
蓬生に住めるやすらか咿唔の聲
村中は麓這ふみち春のみち
山戻る柴の媼に薄霞
恩地左近満一の墓
楠正成の櫻井決別に正行を護りて
河内に歸り後京師に出て車駕を吉野に
迎えたり但し其後傳はらず
苦忠然も終りを知らず霞寒む
家裏出て切岸ながめ花は芽に
九櫻の遺跡とありて春淺く
墳のほとり花待つ枝の空をさす
恩地城萌えて樹々疎なりけり
屋根替へ柑橘實るに藁ほこり
みち迷ふさびしさたのし春山邊
神宮寺小太郎正師之塚
塚に來て種撒く老がものがたり
ひるからの春風さむし山の藪
胡葱の畝あひ往つて垣内なる
春の土不覚ころんで双の掌に
山村に雲暮そめて梅暦
河内女や春風背の小風呂敷
春陰といふには冷えて花荷する
猫柳花屋がたばね山みづに
末黒野に枝つき立てゝ暫し在り
如月や雲漏る日すぢすだれして
蟻の塔
蟻の塔をさなきときをおもはする
大木より花か粉か降り蟻の塔
秋の星
松の根に見上げてもるゝ秋の星
窓かへて山見えずなり秋の星
秋の星壺を洗へば星の中
虬因翁の対話から
初日影洽ねし浦のこぼれ島
春の眼が雲の晴間の星にある
春泥に鉛筆さゝり落ちて在り
春の雨馬の睫にしづくして
手鏡を舐め渡りけり梅雨の蝿
猫の仔の尾眞立ちて秋の風
秋の水脛で押し行く板の上
秋林を掃現はるゝ和尚なれ
かまきりは小智に傾ぐ顔もちて
露秋や猫はけだもの野を飛べり
冬の町一木がなげし影を踏む
枯ぬくゝ何かな迂り道したく
早春社二月本句會
ものゝ芽に雪のふりつゝあともなし
旅の身の朝ものゝ芽にこゞみけり
冬つくるそのひとふた日町の雪
ものゝ芽の崖鼻雪のちりあふち
冬盡の夜明けの雪を川へ掃く
句座のあと節分詣る近か社
雪降つて街のあかるく冬はつる
青鈴十二月例會
芦かれに近年町の延び樣や
一堂に芦かれざまや歌まくら
煖房やグラスの水に平和あり
煖房のみなを許して大鏡
冬至訪ふて壁間の文字の曰く無事