最終回です。お付き合いいただきありがとうございました。感想をお待ちしております。
最終回は、さおりさんの語りです。
私は、遥希君から携帯電話を渡され、南君、広人君に、そして、私自身にも読み聞かせるように声に出して読んだ。
元気にしていますか。
僕も順調に治療のメニューを消化していますよ。ただ、来月、二十三日から選抜大会が開幕するので、少し、焦る気持ちもあります。みんなに応援してもらっているので、頑張って甲子園のマウンドに立ち、お礼をしたいと思っています。健康な時には、考えたこともなかったけれど、この病気が僕にたくさんの人たちに支えてもらっていることを教えてくれました、
世の中には、たくさんの病気に苦しむ人がいます。その中にぼくらと同世代の人もいて、夢や希望を見失っている人もいるでしょう。そんな仲間に、僕が投げ続けることで、勇気づけることができれば、幸せだなあなんてね。
ハルキ君のお父さんが僕の目標です。ハルキ君との約束を達成し、元気に働いている。僕も何としても甲子園までには間に合わせたいと思っています。
ハルキ君たちの大漁祭での太鼓やバンドは、僕を元気にしてくれたよ。ありがとう。そして、約束するよ。三月二十三日、僕は甲子園のグランドに立つ姿をハルキ君たちに届けます。
もし、僕が選手宣誓できるなら、それはよっぽど、運がないと難しいけど・笑
これまでの感謝の気持ちと、いろんなことで悩んでいる人、生きる希望を失っている人を元気にする、そんな、最後まであきらめずプレーすることを宣誓したいなあ、なんてね。少なくても、僕を支えてくれた人たちには心の中で、こんなふうに宣誓しながら行進します。
ハルキ君も、小学校卒業まで、あと、一か月くらいかな…
本文は、ここで終わっていた。
この後に、追伸とあって、こう書かれてあった。
息子の携帯電話を整理していたら、坂田さんあてのメールが送信されずに残っていました。まだ、何かを書こうと思ったのでしょう。失礼と思いながら、送らせていただきます。少しでも亡き息子の気持ちにふれていただければ思います。
追伸は、高杉君のお父さんから。送信日は、二○○七年三月二十三日。北澤高校が北海道の代表として、胸を張り、堂々と甲子園のグランドを行進した日。そして、遙希君たちがこれからに向けて、小学校を旅立った日。
次の朝、「今日は、二人で舞鳥に帰る」という二人を緑川の駅で見送った。改札を抜けていく二人の背中を見ながら、これからもこの子たちのこれからを南君と一緒に、いつまでもいつまでも見つめていたいと思った。
家に帰ると、二人からのメッセージがテーブルの上においてあった。
「先生みたいな先生になるよ! ハルキ」
「先生が務める学校を僕が建てるよ! ヒロト」
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