30話です。コツコツ整理していきます。
九回の裏。六対五。これを守りきれば優勝だ。
「北澤高校選手の交代をお知らせします。…ピッチャー…高杉君、背番号『1』」
再び、高杉コールが球場一杯に広がる。およそ三か月の入院生活、大病を克服した北澤のエースは、また、この円山球場のマウンドに帰ってきたのだった。
投球練習を終えた高杉君は、ゆっくり空を仰ぎ、大きく深呼吸をした。最終回、一番バッターから始まる。キャッチャーのサインに頷くと大きなモーションから、一球目を投げ込む。
「速い!」
春からの苦しみや悔しさ、これからの希望が込められた初球は、渾身のストレート。文句なしのストライク。そして、二球目も三球目も、一球目と同じく、「これが高杉だ」と言わんばかりのスピードボール。三球目に出したバットが空を切り、三球三振。
「ウォー」
高杉君が気合いを込めて、雄叫びを上げる。病院での穏やかで柔和な高杉君とは別人だった。気迫に満ちて、全身が燃えて見えた。
あと、二人だ。
次のバッターには、さっきとは一転して、スローボールから、二球目も大きく曲がった変化球。簡単に追い込んでしまった。
しかし、野球の神様はきまぐれだった。一球を外に外して、勝負の四球目。当たり損ねの打球がセンター方向のフライなる。誰もが討ち取った思った時、強い風が吹いて、ボールが押し戻され、センターとセカンドの間にポトリと落ちた。同点のランナーが出る。ワンアウト、二塁。
「勝ってるんだから、大丈夫!」
母さんが奏太の肩を抱いて言った。
「高杉君なら、乗り越えるさ。がんばれ!」
広人が声を挙げる。
僕も、
『大丈夫、大丈夫』
と自分に言い聞かせたが、緊張して声が出なかった。
三番バッターが打席に立つ。復活のマウンドを大胆、豪快に三振を奪い、鮮やかに飾った高杉君だったが、ここはさすがに慎重だ。きわどいコースのボールを内外に投げ込む。何としても追い付きたい朝日川工業の選手も必死だった。そんなボールをカットして、粘りに粘る。七球までは数えていた球数はもうわからない。グランドに叩きつけるように打った打球はサードの前まで大きく弾んだ。ジャンプしてボールを押さえ、後ろにそらすことはなかったが、ボールはグローブからこぼれ、すかさず、送球しようといたが、もう間に合わなかった。
悪い予感が胸に広がり始める。二番、三番のバッターには、高杉君は勝利していたのに、運がない。流れは、明らかに朝日川工業に傾いている。ついに、サヨナラのランナーが出てしまった。
30話、いかがだったでしょう?感想をお待ちしています。
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