稚内空港に飛行機が着陸しようとしています。
機体にANAの文字が見えます。
飛行機がこれほどまでに利用される時代になると誰が予想したでしょうか。
30年後には、もしかすると水素で飛行機が飛ぶようになるかもしれません。
工業的な光合成が可能になれば、化石燃料に頼らない時代が来るかもしれません。
しかし、そうなればなるほど、豊かな緑と水清き川や海が掛け替えのないものになるはずです。
宗谷湾に流れ込む小川の河口で、多くの人達が釣りを楽しんでいました。
東京湾に流れ込む多摩川に、近頃は鮎が遡上しますが、そうなるまでに数十年を要しました。
襟裳岬の緑化事業は昭和28年に始まり、成果を得るまで、半世紀近い年月が必要でした。
若者や未来の子供達に残すべきは何かを考え、常識を疑い、トンボのような複眼の目で世界を見ながら、多くの人々の意見を聞き続ける努力をと、自分に言い聞かせます。
利尻富士を遥かに望む宗谷湾に、午後の陽射しが、明日へ続く道筋を示してくれているかのようです。
風のない丘に立ち尽くす風車が、平穏に過ぎゆく一日に安堵の表情を浮かべていました。
こぎ進む自転車の横を、二台のオートバイが通り過ぎて行きます。
追い越して行くライダーの左手が伸び、握り拳の親指が空に向けられていました。
私はライダーの背に向かって、大きく右手を差し上げ、
頑張れよ! ありがとう! の挨拶を交わしました。
その場所から500m程も進んだ先に、一軒のコンビニが見えました。
その店に、さっき追い越して行った二台のオートバイが停まっていました。
私はその横に自分の自転車を並べました。
稚内の街を出てから小一時間ほど過ぎていたと思います。
店の中で、ライダーの若者達と微笑を交わし、店外でガリガリくんを頬張りながら脚を休めました。
すると、若者達は私に、一緒に写真を撮りましょうと誘ってくれたのです。
それではと私も、旅で出会った記念に若者達をパチリ。
ブログに載せていいかと問うと、すぐに「ええ、どうぞ、どうぞ」の返事をもらいました。
写真を撮り終えると、屈託のない表情で、明るく爽やかな風をまき散らし、若者達は走り去りました。
彼らに教えてもらったのですが、この店は日本最北端のコンビニのようです。
少しずつ、太陽が地球の縁に近づき始めています。
遠浅の磯に突き出た岩の上で、一羽のウミウが時の流れの中で羽を休めていました。
どこから流れ来たのか、根こそぎに倒れたままの姿で、一本の流木が空を映す海のオブジェとなっています。
海岸をなぞる道は、少しずつ岬を右に廻り込みながら、岬の先端へと近づきます。
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