昨日幌延町で跨いだ、北緯45度線を再び超えました。
昨日通過した北緯45度線は音威子府より、かなり北に進んだ場所だった記憶があります。
早いペースで進んできたように思いますが、まだそんなものか、やっぱり北海道は広いなと、一人呟きました。
そして程無く、目の前に見覚えのある山が見えてきました。
お椀を伏せたような山容は敏音知(ピンネシリ)岳に間違いありません。
数時間前に猿払村から見たときは粟粒のようでしたが、いつの間にか、それなりの距離を走り来たことになります。
そして、中頓別の街に入りました。
コンビニに入って、100円コーヒーを飲み、一息入れました。
コンビニで時計を確認すると、13時を少し過ぎた辺りを示していました。
今の時間に中頓別ならば、今夜の野営地は音威子府です。
しかし、この先には幾つかの峠が待つはずです。
気持ちを新たにして、国道275線へ自転車を進めました。
道の両側に、緑の美しい牧草地が連なります。
敏音知(ピンネシリ)岳が更に大きくなってきました。
この山は標高704mの低山ですが、アイヌ語のピン・ネ・シリ「男の山」を名の由来とするように、独立峰としての雄々しい姿は、山登りを趣味とする者の心揺さぶるものがあります。
国道は敏音知(ピンネシリ)岳に北から近づきます。
少しずつ高度を高めながら、山裾を廻り込んで行きます。
多分、この辺りから見る敏音知岳が、最も雄々しい姿のはずです。
私は営業関係の仕事でこの辺りを車ではしり巡っていました。
しして雪崩の心配がない、天候が安定した日に、旭川から車で出かけ来て、頂上からスキーで滑り降りたことがあります。
1980年前後のことと思いますが、多分、今見えている斜面を降りたように記憶します。
スキー板を担いで、雪面を3時間程も登り、下りはあっと言う間でした。
国道275は峠への道を進みますが、この時私は、ここを登りきれば、音威子府までは下るだけと思い込んでいました。
何度も車で通り過ぎた道も、高低差の記憶はかなり曖昧だったことを後で知ることになります。
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