はじめてのマンドリン

ある日突然、マンドリンの音色に恋をした
初めて手にした時から、ささかやかな感動を綴っています

節分に恵方巻き

2011-02-03 17:00:28 | 日々あれこれ
節分に、巻寿司を食べるようになったのは、いつごろからだろう?
子供の頃には、そういう習慣はなかった。
記憶によれば、昭和59年ごろに、奈良のお寿司やさんで、山積みになっているのを見て、
あれは、何??って思ったのが、初めて見た記憶である。(たぶん)

大阪のお寿司屋さんが、売り始めたのがきっかけ?って話を聞いたことが
あるのだけれど、実のところ、よくわからない。

細い巻寿司なら、1本くらいは丸かじりできそうな気もするが、
太巻きだと、1本食べるのなんて、絶対無理^^;;
しかも、食べ終わるまで、誰ともしゃべらず、ある方角を向いて、もくもくと食べるなんて、
その光景を思い浮かべただけで、なんだか変^^;
って思ってしまうので、私は、そんなことは、しない。

巻寿司がたくさん売られているので、もし、買ったとしても、ちゃんと包丁で切って、
普通に食べる。
もちろん、一定の方角を向いたりしないし、普通に会話しながら食べる^^;

冬至にゆず湯とか、
丑の日にウナギとか、
多少、“健康にいい”などの、納得のいく理由がある場合は、“そうしてみようかな”
と思えるのだけれど、恵方巻きは、どうも、納得がいかないので、
それに従おうという気には、なれないのだった。


余談だけれど、相撲界・・・どうなっちゃうことやら。
腐っても、国技・・・って言えるのかしらん?^^;
コメント (3)
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誕生日月に思う

2011-02-03 11:20:58 | 日々あれこれ
実家の母から、
“誕生日だからってわけじゃないけど、召し上がれ”という手紙とともに、
いちごと、実家でとれた大根が送られてきた(^^ゞ

自分では買わないだろうと思う、粒の大きな、立派ないちご。
きっと、3度のご飯よりも、果物の方が好きだった私を覚えていてくれているのだろう。
いつも、母からのプレゼントで、自分の誕生日月を認識する。

“あんまり嬉しいって年齢でもないけどね~”と言いつつも、やっぱり、
憶えていてくれる人が居るというのは、とても嬉しいことだ。と、しみじみ思う。

母からの手紙を読みつつ、あと何度、手紙を受け取ることができるのだろう?
などと、縁起でもないことを、ふと思ったりしていた。

母との手紙のやり取りは、私が18歳で家を出た時から、始まった。
元々、電話が苦手で、手紙の方が好きだった私は、手紙の方が、
うまく気持ちが伝えられるような気がしていたのだ。

当時の手紙は、たぶん、捨ててしまった。。。
今思うと、全部大事に取っておけばよかった・・・と、後悔しきりなのだけれど。
でも、記憶の中には、いろんな言葉たちが、残っている。

と、こんな風に、母のことに思いを馳せるのも、最近、友達のお母様が亡くなられたりして、
母との別れが、そう遠くない将来、訪れるのだということに、改めて気づいてしまった
からなのかもしれない。
できれば、たくさん親孝行しておきたいとも思う。

18歳の頃、“○○しちゃいけない”“だめだ”と、頭ごなしに、することなすこと
否定ばかりした父が鬱陶しくて、迷わず家を出て、それっきりなのだけれど、
今となっては、近いところで生活できるようにしておけばよかったかな・・・
なんて思いも出てくる。

ま、18歳の頃に、そんな将来のことを思って行動するなんてこと、私には
できそうもなかったから、今さら後悔しても仕方ないんだけれど。

今までは、“後悔なんてしない”と言い切って生きてきたのだけれど、
これからは、もしかしたら、後悔することが多くなるのかもしれないなぁ・・・
などと、思ったりするこの頃。
できれば、後悔しなくて済むように、思ったことは行動したいものだ。

・・・なんて、今は、何書いても、重い感じが漂うなぁ^^;;;あかん
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春は気分変動多き季節?

2011-02-03 10:44:57 | 日々あれこれ
私は、昔から、なんとなく、気分が優れないとか、凹む~とか、
答えが出ないようなことを、ぐるぐる考えてしまって、その負のスパイラルから
抜けられなくなるような感覚に陥ることが、時々あり、
何故か、決まって春のはじめの頃だなぁ~という印象を持っている。

うつ病は、春に発症しやすい。
などと聞いたこともあるので、春、気温の変動に身体がついていけなくて、
思考がにぶくなり、つまんないことで、頭の中で結論が出せずに、
悶々と考えてしまう・・・だけなのかもしれない。

なので、今も・・・なのだが、数日前から、なんだか、ため息をつくことが多い時期は、
“春だからそのうちなおるかも”と思って過ごす傾向にあるのだけれど、
できれば、積極的に解消したいものである。

気分がどんより・・・の原因と向き合い、自分は、こうする!と結論が出ればすっきり
するのだろうけど、原因が、はっきりしているようで、いまいちはっきりしない場合、
ちょいとやっかいなのだ^^;

・・・って、気持ちの中では、はっきりしているけれど、それを認めたくないだけなのかも
しれないけどね(汗)

ということで、読んでいる人には迷惑な話かもしれないが、ここに、書いてしまうことで、
心の中の塊を吐き出して、すっきりさせてもらっちゃおう~という、どうしようもない私^^;

ごめんなさい・・・と、謝っておこう。

たぶん、発端となった原因は、相方さんが、3月に手術をすることになったということ。
詳しくは、手術してみないと、わからない。。。というなんとなく、グレーな雰囲気が
残っているので、つい・・・悪い方へ悪い方へ考えてしまい、
究極、“ひとりぼっちになったら、どうしよう?”という、漠然とした不安が心の中に巣くっている。

これは、思い悩んだところで、どうなるものでもないので、2月中は、考えないようにして、
封印して、毎日を今までどおり楽しむ!と、自分に言い聞かせているものの、
なかなか思うようには、自分の心をコントロールでききれない。

まだまだ、修行が足りないな・・・と、感じてしまう。

もうひとつは、最近、昔親しくしていた人が、TVでインタビューされて、
ご活躍(?)されている様子を、ネットで見たこと。
妬みなのか??と思ったけれど、いや、たぶん、違う。
自分の道を着々と歩いているその人を、うらやましいな~という感情は確かにあった。
でも、取り残された感の方が、大きかった。
私は、自分の道を、着々と、歩けていない。。ってことへの、自己嫌悪。

で、ず~んと、凹んだ。(たぶん2~3日)
ブログを書く気分になれないくらい。
自分の気持ちの正体が、わからなかったので。

でも、正体が、なんとなく見えたので、そろそろ浮上しようと思う。

私の凹みって、いつも、“自己嫌悪”だ。(みんなそうかもしれないけれど)

どんな自分でもいい。
自分が認めてあげられる“自分”でありたいと思う。
少なくとも、自己嫌悪に陥らなくて済むくらいには。

春のせいにしちゃおうなんて・・春さん、ごめんなさい。

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