気の向くままに

山、花、人生を讃える

男たちの願望

2019年03月20日 | 人生

私が会社を退職するとき社長に挨拶に行くと、社長は「退職するにはまだ早いが何をするつもりか」と聞くので、わたしは「ボランティアでもやりたいと思います」と答えた。
すると側にいた重役が、「重役たちもみんなそういうことをいうなあ」というので、わたしは一瞬不思議に思ったのをよく覚えている。

 

しかし、よく考えれば別に不思議ではないかもしれない。
男性は小さいころから、例えば私の世代で言えば、月光仮面のような正義の味方に心をときめかせ、憧れを抱く。
しかし、いつまでもそのような夢を見ているわけにもいかず、やがて、子供なりに「しなければならない」ことに追われるようになる。勉強や、部活、受験。そして就職。やがては結婚し、子供が生まれ、家族を支える立場になる。

 

そのようにして、夢は現実の彼方へと忘れ去られていくが、やがて退職して「しなければならない」ことから解放される年代になると、また子供の頃に抱いた願望が蘇ってくる。それが「退職したらボランティアでもしたい」となるのではなかろうか。

 

男たちの心の中には「義侠心」とか「正義の味方」願望が誰の中にもあるようである。それが、時に「男のロマン」と言われるものだと思うが、「水戸黄門」や「大岡越前」などの時代劇ドラマが、現役を退いた人たちに根強く人気があるのはそのためではないだろうか。現実にはなかなか果たせない夢を、テレビドラマを見ながら知らず知らずのうちに、自己とヒーローとが一体化され、自分の中にある「弱い者の味方」、「正義の味方」願望を、これらの時代劇ドラマが満足さてくれるからだろう。

 

しかし、誰の心にも、どうして幼いときから「正義の味方」とか「弱い者の味方」願望が生まれて来るのだろうか。考えてみれば、不思議である。

 

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