村田英雄が歌っていた『侍ニッポン』という歌があります。
古い歌だから私も知らなかったのですが、誰かがカラオケで歌ったのを一度聞いて、すっかり気に入り、すぐにこの歌を覚えてしまいました。
その一番の最初の歌詞はこんなふうです。
人を斬るのが侍ならば
恋の未練がなぜ切れぬ
と、なかなか粋な文句で始まっています。
これは歌の歌詞ですが、侍といえども恋の未練を断ち切るのは難しかったかもしれませんね。
しかし、侍でもないわたしが恋の未練を見事に断ち切ったという、その自慢話を書かせてもらいます。
世界的に有名な数学博士の岡潔(おかきよし・故人)さんのことはこのブログでもたびたび書かせてもらってますが、その岡潔さんの本の中に、およそこんなことが書かれていました。
○窓を開けると向こうにダッチアイリスの花が見える。離れたところにあるのに、窓を開ければ即座に見える。これが実に不思議である。自分の情緒が飛びだしていっているからだろう・・・と。
わたしはこの「情緒が飛び出す」というところがとても気に入り、さっそく情緒を飛び出させてみようと思ったのでした。
どうしたかというと、乗船中でしたので、船の上から海を見ながら、「今自分の情緒が飛びだして、ふわふわと海の上を散歩している」というイメージで、船から少し離れた海の上、海面から1mぐらい上をフワフワと散歩したのです。
すると、本を読んで感銘していたせいか、本当に情緒が飛び出して、海の上を散歩している気持になって楽しむことが出来たのでした。それで、すっかり味を占めて、その頃はよくそうして海の上を散歩して楽しんでいました。
その後、外航から国内の大型カーフェリーに転職しましたが、東北とか、北海道の雪景色は、その頃の私には新鮮で珍しいものでした。それで、本を読むのに飽きた時など、窓の外の雪景色に誘われ、情緒を飛び出させ、窓から見える雪景色の中を散歩して楽しんだりしていました。
私は20歳の時、初恋に失恋し、21歳の時にときたま本屋で見つけた生長の家の本を読み、神が本当にいることを知り、感動し、「これからは求道一筋に生きよう、二度と恋愛はすまい」と誓っていました。そして、もし結婚するなら恋愛ではなく、見合い結婚のつもりでいました。
ところが運命のいたずらか、転職後、生長の家で青年会の活動をするようになってから、わたしの意中を占める女性があらわれてしまった。その頃には私も少しは大人(25歳)になっていたから、初恋のように胸を焦がすようなことはなかったが、しかし、恋愛感情というものは決して油断ならないもので、「これは困ったぞ」というのが、その頃のわたしの心境でした。そして、「今のうちになんとかして消してしまわなければならない。神様よろしくお願いしいます」という心境でもあったのですが、一旦芽生えた恋愛感情をそうやすやすと消し去ることができるとも思えず、それであればこそ、「これは困ったぞ」というわけでもありました。
ところが、思いがけないところで、思いがけないことが起きてくれのでした。
ある日の仙台港停泊中、部屋の中から情緒を飛び出させ、数キロ先の小高い丘まで一気に飛んでいき、そこでふわふわ散歩している気分になって楽しんでいました。楽しみながらも、心の奥には「これは困ったぞ」という悩ましさ重苦しさがあったのですが、その時、突然に自分の中を流れ星が走ったように、恋愛感情がすーと消えてしまうのがわかりました。それは本当に流れ星が走って消えたような感覚で、同時に身も心もすーと軽くなったのでした。
丸い心とか、とんがった心とかいうように、心には形があると言われますが、形ばかりでなく、心がすーと軽くなって、心には重さもある、とその時思いました。
ということで、これは意識して出来たことではないですが、こんなこともあり得るんだなということで、書かせてもらいました。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。