津波で町が壊滅した宮城県の南三陸町。
ボランティアセンターや避難所は高台に設置され
かつての街の中心部では自衛隊・消防・警察によるガレキの撤去をしながら
行方不明者(遺体)の捜索が行われていた。
全国から集まったボランティアさん達は遺体の捜索が終わった場所の
ガレキの撤去を手作業で頑張ってくれていた。
街中では住民の姿はほとんど見る事はありませんでした。
太平洋側の大動脈国道45号線沿いにはコンビニの配送トラックが停車して
中を覗いてみました。

ここにはコンビニがあったけど津波で建物が流されてしまった敷地なんです。
町の復興を手助けしてくれる方々の力になりたいとコンビニのオーナーによる
配送トラックの荷台での営業なんです!
平成23年5月22日(日)二度目のボランティアでの撮影です。
もう、採算度外視のここで生まれ育ったオーナーの意地ですね。
住宅や商店だけでなく警察署・消防署・病院もすべて失った町を
どうやって復興させるのか、見当もつかない程の惨状だったのですからね…
諦めない気持ちを持った住民がいる限り、ここは必ず復興できると
私も確信しました。

後方に見えるミニバン日産セレナが私の愛車です。
この翌朝に一緒に仕事をしていた父を救急搬送して35日後にこの世を去る。
父の車を相続して私の愛車は福島で置き去りになった猫を救い続ける
「にゃんこはうす」へ寄贈したのは余談ですけど。
父の納骨を済ませた同年9月に支援物資を届けに行ったら
こうして仮設プレハブの建物で営業するコンビニがいくつもあり感動しました。

どこのコンビニも住民が居ないから経営的には厳しいだろうけど
すべてを失った町の中にポツンと在るお店は復興の先発隊とも言える存在です。
ここを訪れた方、食べ物を手に入れる事さえ出来ないと不憫だからと
こうして頑張ってお店を営業してくれているのです。
上の2枚の写真にあるセブンイレブンが平成28年1月22日に
本格的な店舗を建設して営業を開始したとニュースで伝えていた。
前置きが長くなりましたがもうすぐ震災から5年の月日が経とうとしてるのに
未だこんな状態です。
町の中心部は海抜2メートルから10メートルへのかさ上げ工事の真っ最中。
住宅の再建はこれからです。
復興が遅れているとニュースでは伝えるが現地を訪れた人達には
よくぞここまで諦めずに頑張ってくれたと思うだろう。
予備知識を持たずにアナウンサーが伝えるこのニュースには
感動も喜びも感じられなかったけどね。
放射能汚染で住民が避難生活を続ける福島の浜通りでは
復興のフの字も始まっていないのです。
私が今も一人で商売を続けてこれたのも被災地から勇気をもらったからなんです。
被災地へ行った事が私の価値観を大きく変えてくれました。
ボランティアセンターや避難所は高台に設置され
かつての街の中心部では自衛隊・消防・警察によるガレキの撤去をしながら
行方不明者(遺体)の捜索が行われていた。
全国から集まったボランティアさん達は遺体の捜索が終わった場所の
ガレキの撤去を手作業で頑張ってくれていた。
街中では住民の姿はほとんど見る事はありませんでした。
太平洋側の大動脈国道45号線沿いにはコンビニの配送トラックが停車して
中を覗いてみました。

ここにはコンビニがあったけど津波で建物が流されてしまった敷地なんです。
町の復興を手助けしてくれる方々の力になりたいとコンビニのオーナーによる
配送トラックの荷台での営業なんです!
平成23年5月22日(日)二度目のボランティアでの撮影です。
もう、採算度外視のここで生まれ育ったオーナーの意地ですね。
住宅や商店だけでなく警察署・消防署・病院もすべて失った町を
どうやって復興させるのか、見当もつかない程の惨状だったのですからね…
諦めない気持ちを持った住民がいる限り、ここは必ず復興できると
私も確信しました。

後方に見えるミニバン日産セレナが私の愛車です。
この翌朝に一緒に仕事をしていた父を救急搬送して35日後にこの世を去る。
父の車を相続して私の愛車は福島で置き去りになった猫を救い続ける
「にゃんこはうす」へ寄贈したのは余談ですけど。
父の納骨を済ませた同年9月に支援物資を届けに行ったら
こうして仮設プレハブの建物で営業するコンビニがいくつもあり感動しました。

どこのコンビニも住民が居ないから経営的には厳しいだろうけど
すべてを失った町の中にポツンと在るお店は復興の先発隊とも言える存在です。
ここを訪れた方、食べ物を手に入れる事さえ出来ないと不憫だからと
こうして頑張ってお店を営業してくれているのです。
上の2枚の写真にあるセブンイレブンが平成28年1月22日に
本格的な店舗を建設して営業を開始したとニュースで伝えていた。
前置きが長くなりましたがもうすぐ震災から5年の月日が経とうとしてるのに
未だこんな状態です。
町の中心部は海抜2メートルから10メートルへのかさ上げ工事の真っ最中。
住宅の再建はこれからです。
復興が遅れているとニュースでは伝えるが現地を訪れた人達には
よくぞここまで諦めずに頑張ってくれたと思うだろう。
予備知識を持たずにアナウンサーが伝えるこのニュースには
感動も喜びも感じられなかったけどね。
放射能汚染で住民が避難生活を続ける福島の浜通りでは
復興のフの字も始まっていないのです。
私が今も一人で商売を続けてこれたのも被災地から勇気をもらったからなんです。
被災地へ行った事が私の価値観を大きく変えてくれました。