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<「漢字の学習の大禁忌は作輟なり」・・・「作輟(サクテツ)」:やったりやらなかったりすること・・・>
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<漢検1級 27-③に向けて その62>
●夏目漱石の「一夜」から2題・・・。漢字は難しくはないんだけどなあ・・・。
●ちょっと難か・・・なんとか80%(24点)程度はとりたい・・・。
●文章題㉘:次の文章中の傍線(1~10)のカタカナを漢字に直し、傍線(ア~コ)の漢字の読みをひらがなで記せ。(30) 書き2×10 読み1×10
「一夜」(夏目漱石)―その1―
「美くしき多くの人の、美くしき多くの夢を……」と
(ア)髯ある人が二たび三たび
(1)ビギンして、あとは思案の体である。灯に写る床柱にもたれたる直き背の、この時少しく前にかがんで、両手に抱いだく膝頭に険しき山が出来る。佳句を得て佳句を続ぎ能わざるを恨みてか、黒くゆるやかに引ける眉の下より安からぬ眼の色が光る。
「描けども成らず、描けども成らず」と椽(えん)に端居して天下晴れて
(2)アグラかけるが繰り返す。兼ねて覚えたる禅語にて即興なれば間に合わすつもりか。剛(こわ)き髪を五分に刈りて髯貯えぬ丸顔を傾けて「描けども、描けども、夢なれば、描けども、成りがたし」と高らかに誦し
(イ)了わって、からからと笑いながら、室の中なる女を顧みる。
(3)タケカゴに熱き光を避けて、微かにともすランプを隔てて、右手に違い棚、前は緑り深き庭に向えるが女である。
「画家ならば絵にもしましょ。女ならば絹を枠に張って、縫いにとりましょ」と云いながら、白地の浴衣に片足をそと崩せば、小豆皮の座布団を白き甲が滑り落ちて、なまめかしからぬほどは
(4)エンなる居ずまいとなる。
「美しき多くの人の、美しき多くの夢を……」と膝抱く男が再び吟じ出すあとにつけて「縫いにやとらん。縫いとらば誰に贈らん。贈らん誰に」と女は
(ウ)態とらしからぬ様ながらちょと笑う。やがて朱塗の団扇の柄にて、乱れかかる頬の黒髪をうるさしとばかり払えば、柄の先につけたる紫のふさが波を打って、緑り濃き香油の薫りの中に躍り入る。
「我に贈れ」と髯なき人が、すぐ言い添えてまたからからと笑う。女の頬には乳色の底から捕えがたき笑の渦が浮き上って、瞼にはさっと薄き紅を溶く。
「縫えばどんな色で」と髯あるは真面目にきく。
「絹買えば白き絹、糸買えば銀の糸、金の糸、消えなんとする虹の糸、夜と昼との界なる夕暮の糸、恋の色、恨みの色は無論ありましょ」と女は眼をあげて床柱の方を見る。愁いを溶いて錬り上げし珠の、烈しき火には堪えぬほどに涼しい。愁いの色は昔から黒である。
隣へ通う路次を境に植え付けたる四五本の
(エ)檜に雲を呼んで、今やんだ五月雨がまたふり出す。丸顔の人はいつか布団を捨てて椽(えん)より両足をぶら下げている。「あの木立は枝を卸した事がないと見える。梅雨もだいぶ続いた。よう飽きもせずに降るの」と独り言ごとのように言いながら、ふと思い出した体にて、吾が膝頭を
(オ)丁々と平手をたてに切って敲く。「
(カ)脚気かな、脚気かな」
残る二人は夢の詩か、詩の夢か、ちょと解しがたき話の
(キ)緒をたぐる。
「女の夢は男の夢よりも美しかろ」と男が云えば「せめて夢にでも美しき国へ行かねば」とこの世は汚れたりと云える顔つきである。「世の中が古くなって、よごれたか」と聞けば「よごれました」と・・・・・。「古き壺には古き酒があるはず、味わいたまえ」と男も
(5)ガチョウの翼を畳んで
(6)シタンの柄をつけたる羽団扇で膝のあたりを払う。「古き世に酔えるものなら嬉しかろ」と女はどこまでもすねた体である。
この時「脚気かな、脚気かな」としきりにわが足を
(ク)玩べる人、急に膝頭をうつ手を挙げて、叱と二人を制する。三人の声が一度に途切れる間をククーと鋭き鳥が、檜の上枝を掠めて裏の禅寺の方へ抜ける。ククー。
「あの声がほととぎすか」と羽団扇を棄ててこれも椽側(えんがわ)へ這い出す。見上げる軒端を斜めに黒い雨が顔にあたる。脚気を気にする男は、指を立てて
(7)ヒツジサルの方をさして「あちらだ」と云う。鉄牛寺の本堂の上あたりでククー、ククー。
「一声でほととぎすだと覚る。二声で好い声だと思うた」と再び床柱に倚りながら嬉しそうに云う。この髯男は
(ケ)杜鵑を生れて初めて聞いたと見える。「ひと目見てすぐ
(8)ホれるのも、そんな事でしょか」と女が問をかける。別に恥しと云う気色も見えぬ。五分刈は向き直って「あの声は胸がすくよだが、ホれたら胸は
(9)ツカえるだろ。ホれぬ事。ホれぬ事……。どうも脚気らしい」と
(コ)拇指で向う脛へ力穴をあけて見る。「九仞の上に
(10)イッキを加える。加えぬと足らぬ、加えると危うい。思う人には逢わぬがましだろ」と羽団扇がまた動く。「しかし鉄片が磁石に逢うたら?」「はじめて逢うても会釈はなかろ」と拇指の穴を逆に撫でて澄ましている。・・・」
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(1)微吟 (2)胡坐 (3)竹籠 (4)艶 (5)鵞鳥 (6)紫檀 (7)坤(「未申」でも可か) (8)惚 (9)痞(「閊」でも可か) (10)一簣
(ア) ひげ(ほおひげ) (イ)お (ウ)わざ (エ)ひのき (オ)ちょうちょう (カ) かっけ (キ)いとぐち (ク)もてあそ (ケ)ほととぎす (コ)おやゆび(原文ルビによる。「ボシ」で可か。)
(参考)「丁丁(ちょうちょう)」=物をつづけて打つ音。「丁丁(とうとう」=①斧で木を伐る音。②碁を打つ音。また、琴の音。*いずれも広辞苑から。
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●文章題㉙:次の文章中の傍線(1~10)のカタカナを漢字に直し、傍線(ア~コ)の漢字の読みをひらがなで記せ。(30) 書き2×10 読み1×10
「一夜」(夏目漱石)―その2―
「・・・ 「わしのはこうじゃ」と話がまた元へ返る。火をつけ直した蚊遣の煙が、筒に穿てる三つの穴を洩れて三つの煙となる。「今度はつきました」と女が云う。三つの煙が蓋の上に塊って茶色の球が出来ると思うと、雨を帯びた風が颯と来て吹き散らす。塊まらぬ間に吹かるるときには三つの煙が三つの輪を描いて、黒塗に
(1)マキエを散らした筒の周囲を
(ア)遶る。あるものは緩く、あるものは疾く遶る。またある時は輪さえ描く隙なきに乱れてしまう。「
(2)ダビだ、ダビだ」と丸顔の男は急に焼場の光景を思い出す。「蚊の世界も楽じゃなかろ」と女は人間を蚊に比較する。元へ戻りかけた話しも蚊遣火と共に吹き散らされてしもうた。話しかけた男は別に語りつづけようともせぬ。世の中はすべてこれだと疾うから知っている。
「御夢の物語は」とややありて女が聞く。男は傍らにある
(3)ヨウヒの表紙に朱で書名を入れた詩集をとりあげて膝の上に置く。読みさした所に象牙を薄く削った紙小刀が挟んである。巻に余って長く外へ食み出した所だけは細かい汗をかいている。指の
(イ)尖で触ると、ぬらりとあやしい字が出来る。「こう湿気てはたまらん」と眉をひそめる。女も「じめじめする事」と片手に袂の先を握って見て、「香でも焚きましょか」と立つ。夢の話はまた延びる。
宣徳の香炉に紫檀の蓋があって、紫檀の蓋の真中には猿を彫んだ青玉のつまみ手がついている。女の手がこの蓋にかかったとき「あら蜘蛛が」と云うて長い袖が横に靡く、二人の男は共に床の方を見る。香炉に隣る白磁の
(4)ヘイには蓮の花がさしてある。昨日の雨を蓑着て剪りし人の情を床に眺むる
(ウ)莟は一輪、巻葉は二つ。その葉を去る三寸ばかりの上に、天井から白金の糸を長く引いて一匹の蜘蛛が――すこぶる
(5)ガだ。
「蓮の葉に蜘蛛下りけり香を焚く」と吟じながら女一度に数弁を
(エ)攫んで香炉の裏になげ込む。・・・
・・・「夢の話を蜘蛛もききに来たのだろ」と丸い男が笑うと、「そうじゃ夢に画を活かす話じゃ。ききたくば蜘蛛も聞け」と膝の上なる詩集を読む気もなしに開く。眼は文字の上に落つれども
(6)トウリに映ずるは詩の国の事か。夢の国の事か。
「百二十間の廻廊があって、百二十個の
(7)トウロウをつける。百二十間の廻廊に春の潮が寄せて、百二十個のトウロウが春風にまたたく、
(オ)朧の中、海の中には大きな華表(とりい)が浮ばれぬ巨人の化物のごとくに立つ。……」
・・・「ありがとう」と云う女の眼の中には憂をこめて笑の光が漲る。
この時いずくよりか二疋の蟻が這い出して一疋は女の膝の上に攀じ上る。おそらくは戸迷いをしたものであろう。上がり詰めた上には獲物もなくて下り路をすら失うた。女は驚いた様もなく、うろうろする黒きものを、そと白き指で軽く払い落す。落されたる拍子に、はたと他の一疋と
(カ)高麗縁の上で出逢う。しばらくは首と首を合せて何かささやき合えるようであったが、このたびは女の方へは向わず、古伊万里の菓子皿を端まで同行して、ここで右と左へ分れる。三人の眼は期せずして二疋の蟻の上に落つる。髯なき男がやがて云う。
・・・ 「造り花なら
(8)ランジャでも焚き込めばなるまい」これは女の申し分だ。三人が三様の解釈をしたが、三様共すこぶる解しにくい。
「珊瑚の枝は海の底、薬を飲んで毒を吐く軽薄の児」と言いかけて吾に帰りたる髯が「それそれ。合奏より夢の続きが肝心じゃ。――画から抜けだした女の顔は……」とばかりで口ごもる。
「描けども成らず、描けども成らず」と丸き男は調子をとりて軽く銀椀を叩く。葛餅を獲たる蟻はこの響きに度を失して菓子椀の中を右左へ馳け廻る。
「蟻の夢が醒めました」と女は夢を語る人に向って云う。
「蟻の夢は葛餅か」と相手は高からぬほどに笑う。
「抜け出ぬか、抜け出ぬか」としきりに菓子器を叩くは丸い男である。
・・・五月雨に四尺伸びたる女竹の、
(キ)手水鉢の上に蔽い重なりて、余れる一二本は高く軒に逼れば、風誘うたびに戸袋をすって椽(えん)の上にもはらはらと所択ばず緑を滴らす。「あすこに画がある」と葉巻の煙をぷっとそなたへ吹きやる。
床柱に懸けたる
(ク)払子の先には焚き残る香の煙が染み込んで、軸は若冲の
(9)ロガンと見える。雁の数は七十三羽、蘆は固より数えがたい。籠ランプの灯を浅く受けて、深さ三尺の床なれば、古き画のそれと見分けのつかぬところに、あからさまならぬ趣がある。「ここにも画が出来る」と柱に靠れる人が振り向きながら眺める。
・・・「画になるのもやはり骨が折れます」と女は二人の眼を嬉しがらしょうともせず、膝に乗せた右手をいきなり後へ廻して体をどうと斜めに反らす。丈長き黒髪がきらりと灯を受けて、さらさらと青畳に
(ケ)障る音さえ聞える。
「南無三、好事魔多し」と髯ある人が軽く膝頭を打つ。「刹那に千金を惜しまず」と髯なき人が葉巻の飲み殻を庭先へ抛(たた)きつける。隣りの合奏はいつしかやんで、
(10)ヒを伝う雨点の音のみが高く響く。蚊遣火はいつの間にやら消えた。
「夜もだいぶ更けた」
「ほととぎすも鳴かぬ」
「寝ましょか」
夢の話はつい中途で流れた。三人は思い思いに
(コ)臥床に入る。
三十分の後、彼らは美くしき多くの人の……と云う句も忘れた。ククーと云う声も忘れた。蜜を含んで針を吹く隣りの合奏も忘れた、蟻の灰吹を攀じ上った事も、蓮の葉に下りた蜘蛛の事も忘れた。彼らはようやく太平に入る。
すべてを忘れ尽したる後、女はわがうつくしき眼と、うつくしき髪の主である事を忘れた。一人の男は髯のある事を忘れた。他の一人は髯のない事を忘れた。彼らはますます太平である。・・・」(三十八年七月二十六日)
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(1)蒔絵 (2)荼毘 (3)羊皮 (4)瓶 (5)雅 (6)瞳裏 (7)灯籠 (8)蘭麝 (9)蘆雁 (10)樋
(ア)めぐ (イ)さき (ウ)つぼみ (エ)つか (オ)おぼろ (カ)こうらいべり (キ)ちょうずばち (ク)ほっす (ケ)さわ (コ)ふしど
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