食の歴史 by 新谷隆史ー人類史を作った食の革命

脳と食を愛する生物学者の新谷隆史です。本ブログでは人類史の礎となった様々な食の革命について考察していきます。

古代ローマ人の食事(4)ケーナ② 主菜

2020-07-04 14:50:15 | 第二章 古代文明の食の革命
古代ローマ人の食事(4)ケーナ② 主菜
今回はケーナの主菜(メンサ・プリマ)について見て行こう。
当たり前であるが、主菜では前菜を上回る料理が出された。当初は魚あるいは肉の一皿だけだったが、ローマが豊かになるにつれて品数が増え、中身がどんどんと豪華になって行った。

ここで、当時の豪華な料理について描写した「トリマルキオの饗宴」に出てくる料理を紹介しよう。「トリマルキオの饗宴」は、政治家・文筆家のペトロニウス(西暦20年頃~66年)の小説「サテュリコン」に収められた有名な一節で、解放奴隷で大金持ちのトリマルキオが贅を尽くした料理をふるまうお話しである。

ちなみに、古代ローマでは奴隷が様々な労働(医師や教師などの高度な仕事も)をすることで社会が回っており、能力がある者がしっかり働いていると、10年もしないうちに解放されることが多くあった。彼らは手に職を持っていたので、その能力を生かして金儲けを行い、大金持ちになる者も少なくなかったらしい。以前にNHKの「ブラタモリ」でローマのロケを放映していたが、その中でパン屋が寄進した石造りの立派な門を見てタモリがすごく驚いていた。このパン屋も解放奴隷のうちで大金持ちになった一人だと思われる。

さて、トリマルキオのケーナの主菜では、まず12星座の絵が縁に描かれた円形の大きな台が運ばれてくる。それぞれの星座の近くには、その星座にちなんだ料理が皿に盛りつけられている。例えば、魚座(双魚宮)には以前に紹介した高級魚のヒメジの料理、山羊座(磨羯宮:上半身がヤギで下半身が魚)には伊勢海老の料理、みずがめ座(宝瓶宮)にはガチョウ(水鳥)の料理、おとめ座(処女宮)にはメスブタの陰門の料理といった具合である。なお、古代ローマでは陰門や乳房のように数と量が少ないものは高級で美味とされていた。

しかし、この料理を見ても出席者は誰も喜ばない。トリマルキオほどの金持ちが出すような料理ではなかったということだろう。この程度の料理なら当時は普通に食べることができたのかもしれない。

実はこれはフェイントだったのだ。出席者ががっかりした様子を見せたところでトリマルキオが声を上げると、4人の奴隷の踊り子が踊りながら台に向かい、料理が乗った板を取り外した。すると中には、丸焼きの野兎の背中に作り物の羽をつけて「ペガサス」のように見せた料理が飾られていたのである。そして、その周りには狩で仕留めた鳥の料理がどっさりと盛り付けられていた。古代ローマ人は野生の「貴重な」動物の肉をとても好んだらしい。つまり「レアもの」に目が無かったということである。

この料理の趣向はそれだけではなかった。器の四隅には精霊の小さな像が立っていて、そこからガルムのソースがあふれ出ていた。そして、ソースが集まるくぼみはまるで川のようで、中には様々な魚の料理が泳いでいるように並べられていたのだ。このように趣向を凝らした料理をみて出席者が喜んだのは当然である。

このような料理といっしょに、携帯オーブンで温められた焼き立てのパンやワインも一緒にふるまわれた。また、これらを配る奴隷たちはめいめいに歌を歌い、場を盛り上げた。

小休止の後は、仔ブタの料理だ。焼き色を付けた仔ブタを丸ゆでにしたものである。しかし、運ばれてきた料理を見たトリマルキオは突如怒り出す。料理人が時間を急ぐあまり内臓をとらずに料理してしまったと言うのだ。そして、料理人呼び出し、目の前で拷問にかけようとし出したのである。慌てた出席者たちは、トリマルキオに許しを乞うてやるのだが、この一連の騒ぎもすべてトリマルキオが立てた筋書き通りだったのだ。

気を取り直したふりをしたトリマルキオは、それならばこの場で内臓を取り出せと料理人に命令を出した。かしこまった料理人が包丁で仔ブタの腹を裂くと、びっくり箱のように中からいろいろな腸詰の料理が飛び出してきたのである。それを見た出席者たちは大喜びした。場がさらに盛り上がったのは間違いない。トリマルキオの饗宴では軽業師の曲芸(下図)などでも出席者を喜ばせようとしたが、全員がそれには目もくれずに黙々と料理を口に運んだと書かれている。



トリマルキオの話は小説の中の物語だが、決して荒唐無稽な話ではなかったと考えられる。実際に裕福な古代ローマ人はありとあらゆる珍しい料理を他人に見せびらかすかのように食べていた。古代ローマの属州が北アフリカにも広がっていたので、そこに生息するキリン(キリンの脚の肉はとても美味しいらしい)、ダチョウ、ライオンなどの珍しい動物の料理も食べられた。また、フラミンゴの舌(フラミンゴの肉の方はとても不味いらしい)、ニワトリのとさか、ラクダのひづめなどのレアものも人気だった。とにかく、珍しいものなら何でも食べてみるのが流行りだったのだろう。



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