木下 剛*
芮 京禄*
*千葉大学大学院園芸学研究科
1.グリーンインフラ戦略の位置づけ
本発表は、土地利用計画論としての英国リバプール市のグリーンインフラストラクチャー戦略(以下、GI戦略)の特徴について仮説的に検証したものである。同戦略は、将来のリバプールの持続可能な発展を支援し、住み、働き、投資し、生活を楽しむのに最適な場所の一つとすることを目標としている。また、GIとは、リバプールとその周辺にあって多種多様な社会・経済・環境の恩恵を提供する生活支援システム、自然環境構成要素およびグリーン&ブルースペースのネットワークと定義されている1)。
筆者らはGI戦略を所管する行政組織の一つであるナチュラル・イングランド(NE)2)の担当官に聞き取り調査3)を行い、優良事例としてリバプールの取り組みを紹介された。本発表はその際に得た情報とその後の文献調査等をふまえてとりまとめたものである。
リバプールのGI戦略は、同市計画局がリバプールプライマリケアトラスト(PCT)4)と共同で申請、獲得した国の自治体一括補助金(ABG)により計画・事業化されている。計画策定を含む一連の業務は、マージーフォレスト(MS)5)に委託され、2011年5月、MS・市・PCT三者の堅密な協働のもと、実施に移されている。
2.グリーンインフラのタイプと機能
GIのタイプと機能の関係を表6)に示す。これらタイプの面積を合計すると実に全市面積の62%を占め、最多のタイプは私有の個人庭園である(図7)参照)。NE担当官によれば、個人庭園を含む点が、従来のグリーンスペース/オープンスペースの概念や戦略と異なる。個人庭園の他にも、面積割合としては少ないが農耕地、果樹園等も含まれているほか、放棄地も対象となっている。放棄地は復活した植生に着目したもので、これらより、施設緑地のみならず、民有地を含む土地利用の誘導を意図した戦略であることが指摘できる。
表 リバプール市におけるグリーンインフラの機能とタイプ・利益・優先事項の関係
図 リバプール市のグリーンインフラのタイプ
GI戦略ではGIの多機能性が重視される。GIに期待される機能として目を引くのは、生産機能(食料や木材、バイオ燃料等)や交通機能(水運)のほか、雨水や水流の貯留・調整機能である。前者は従来のオープンスペース/グリーンスペース戦略では埒外に置かれており、後者はGIに特徴的な機能である。
複数のGI機能が満たされることで、より高次の利益が達成される。気象変動への適応や洪水軽減、健康福祉等がGIに特徴的な利益といえるだろう。経済成長と投資、労働生産、生産物等々、経済的な利益も意図されている。
このように、GI戦略では、GIの量だけでなく、質の扱いにも関心が向けられている。同一タイプのGIでも、設計や管理の状態しだいで、機能発現の程度や達成される利益も変わってくるという考え方が前提になっている。
3.グリーンインフラの計画とアクション
GIの機能発現と利益誘導は、「優先事項」に沿って進められる(表参照)。優先事項毎に様々な課題が特定され、GI機能の改善による介入が必要とされる区域と具体的な介入の内容が明示される(「アクション」と呼ばれる)8)。アクションの内容は場所毎に異なり、介入の程度によって、GI整備の水準自体を引き上げるタイプ、現行GI機能を増大させる管理を行うタイプ、現行GI機能を保護するタイプのいずれかとなる。また、アクションは介入の方法によって、土地の形質の変更(上述したGI機能の改善等による介入はすべてこれに該当)、支援(財源確保やパートナーシップ構築)、指導(デザインや生物多様性、ランドスケープに係る指導)の3つに分類される。
GI機能の改善等を伴う介入の必要度(目標値)は、個別のアクション・区域毎に数量化され、マップ化される。重要なことは、GI機能の改善等の介入の機会を不動産開発における敷地計画やデザイン、あるいは長期的な維持管理に委ねていることである。そこでは、GI機能の改善等を確実なものとするために、地表タイプの面積に応じたGIスコアと呼ばれる尺度を用い、開発後のGIスコアが開発前のそれを上回るような敷地計画・デザインが期待されている9)。
以上がリバプールGI戦略の概要であるが、よくある緑地ネットワークの提案はみられない。GI機能の改善という視点から土地利用全体の底上げにより、社会・経済的な利益の誘導を意図している点に本戦略の特徴が見出される。
補注・引用文献
1) Liverpool Green Infrastructure Strategy: Executive Summary, 2011, p.7-8
2) イングランドの自然保護行政に関する国の諮問機関で、環境食糧省DEFRA等より資金の提供を受ける。
3) 2012年3月1日、ロンドンのDEFRA本省にてTom Butterworth氏、Martin Moss氏に聞き取りを行った。
4) 国民保健サービスNHS等のもと、市内保健サービスの委任責任を負い、関連機関とのパートナーシップ体制により事業を推進する。
5) 近隣7自治体、地権者、森林委員会、ナチュラルイングランド、企業、地域コミュニティのパートナーシップ組織で、緑化、植林を通じて環境や経済の再生、健康増進を図る。
6) Liverpool Green Infrastructure Strategy: Technical Document Ver.1.0, 2011, p.216-222を参考とした。
7) 前掲1)p.5等
8) Liverpool Green Infrastructure Strategy: Action Plan Ver.1.0, 2011, p.34-84
9) 前掲7)p.317-324
(平成24年11月24日、筑波大学にて開催された、公益社団法人日本造園学会平成24年度関東支部支部大会事例・研究発表会にて口頭発表した要旨をそのまま掲載しました)
芮 京禄*
*千葉大学大学院園芸学研究科
1.グリーンインフラ戦略の位置づけ
本発表は、土地利用計画論としての英国リバプール市のグリーンインフラストラクチャー戦略(以下、GI戦略)の特徴について仮説的に検証したものである。同戦略は、将来のリバプールの持続可能な発展を支援し、住み、働き、投資し、生活を楽しむのに最適な場所の一つとすることを目標としている。また、GIとは、リバプールとその周辺にあって多種多様な社会・経済・環境の恩恵を提供する生活支援システム、自然環境構成要素およびグリーン&ブルースペースのネットワークと定義されている1)。
筆者らはGI戦略を所管する行政組織の一つであるナチュラル・イングランド(NE)2)の担当官に聞き取り調査3)を行い、優良事例としてリバプールの取り組みを紹介された。本発表はその際に得た情報とその後の文献調査等をふまえてとりまとめたものである。
リバプールのGI戦略は、同市計画局がリバプールプライマリケアトラスト(PCT)4)と共同で申請、獲得した国の自治体一括補助金(ABG)により計画・事業化されている。計画策定を含む一連の業務は、マージーフォレスト(MS)5)に委託され、2011年5月、MS・市・PCT三者の堅密な協働のもと、実施に移されている。
2.グリーンインフラのタイプと機能
GIのタイプと機能の関係を表6)に示す。これらタイプの面積を合計すると実に全市面積の62%を占め、最多のタイプは私有の個人庭園である(図7)参照)。NE担当官によれば、個人庭園を含む点が、従来のグリーンスペース/オープンスペースの概念や戦略と異なる。個人庭園の他にも、面積割合としては少ないが農耕地、果樹園等も含まれているほか、放棄地も対象となっている。放棄地は復活した植生に着目したもので、これらより、施設緑地のみならず、民有地を含む土地利用の誘導を意図した戦略であることが指摘できる。
表 リバプール市におけるグリーンインフラの機能とタイプ・利益・優先事項の関係
図 リバプール市のグリーンインフラのタイプ
GI戦略ではGIの多機能性が重視される。GIに期待される機能として目を引くのは、生産機能(食料や木材、バイオ燃料等)や交通機能(水運)のほか、雨水や水流の貯留・調整機能である。前者は従来のオープンスペース/グリーンスペース戦略では埒外に置かれており、後者はGIに特徴的な機能である。
複数のGI機能が満たされることで、より高次の利益が達成される。気象変動への適応や洪水軽減、健康福祉等がGIに特徴的な利益といえるだろう。経済成長と投資、労働生産、生産物等々、経済的な利益も意図されている。
このように、GI戦略では、GIの量だけでなく、質の扱いにも関心が向けられている。同一タイプのGIでも、設計や管理の状態しだいで、機能発現の程度や達成される利益も変わってくるという考え方が前提になっている。
3.グリーンインフラの計画とアクション
GIの機能発現と利益誘導は、「優先事項」に沿って進められる(表参照)。優先事項毎に様々な課題が特定され、GI機能の改善による介入が必要とされる区域と具体的な介入の内容が明示される(「アクション」と呼ばれる)8)。アクションの内容は場所毎に異なり、介入の程度によって、GI整備の水準自体を引き上げるタイプ、現行GI機能を増大させる管理を行うタイプ、現行GI機能を保護するタイプのいずれかとなる。また、アクションは介入の方法によって、土地の形質の変更(上述したGI機能の改善等による介入はすべてこれに該当)、支援(財源確保やパートナーシップ構築)、指導(デザインや生物多様性、ランドスケープに係る指導)の3つに分類される。
GI機能の改善等を伴う介入の必要度(目標値)は、個別のアクション・区域毎に数量化され、マップ化される。重要なことは、GI機能の改善等の介入の機会を不動産開発における敷地計画やデザイン、あるいは長期的な維持管理に委ねていることである。そこでは、GI機能の改善等を確実なものとするために、地表タイプの面積に応じたGIスコアと呼ばれる尺度を用い、開発後のGIスコアが開発前のそれを上回るような敷地計画・デザインが期待されている9)。
以上がリバプールGI戦略の概要であるが、よくある緑地ネットワークの提案はみられない。GI機能の改善という視点から土地利用全体の底上げにより、社会・経済的な利益の誘導を意図している点に本戦略の特徴が見出される。
補注・引用文献
1) Liverpool Green Infrastructure Strategy: Executive Summary, 2011, p.7-8
2) イングランドの自然保護行政に関する国の諮問機関で、環境食糧省DEFRA等より資金の提供を受ける。
3) 2012年3月1日、ロンドンのDEFRA本省にてTom Butterworth氏、Martin Moss氏に聞き取りを行った。
4) 国民保健サービスNHS等のもと、市内保健サービスの委任責任を負い、関連機関とのパートナーシップ体制により事業を推進する。
5) 近隣7自治体、地権者、森林委員会、ナチュラルイングランド、企業、地域コミュニティのパートナーシップ組織で、緑化、植林を通じて環境や経済の再生、健康増進を図る。
6) Liverpool Green Infrastructure Strategy: Technical Document Ver.1.0, 2011, p.216-222を参考とした。
7) 前掲1)p.5等
8) Liverpool Green Infrastructure Strategy: Action Plan Ver.1.0, 2011, p.34-84
9) 前掲7)p.317-324
(平成24年11月24日、筑波大学にて開催された、公益社団法人日本造園学会平成24年度関東支部支部大会事例・研究発表会にて口頭発表した要旨をそのまま掲載しました)
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