北タイの片隅で・・・

タイ北部の田舎町に住んで16年、引篭爺の生活日記

北タイに棲む世捨爺のタイ歴

2020年02月09日 | 日記
北タイに住んで、13年半が過ぎた。最初の5年は仕事をした。
朝6時半には家を出て、始業30分前には工場に入る。夕方17時終業。
18時半には家に帰っていた。通勤はピックアップ(会社の)を自分で運転した。
5年勤務して退職した。  病気でキツくなり辞めた。
その会社、日本人は爺含め3人しか居なかった。工場長、エンジニアと爺。
赴任してすぐ、日本人だけの歓迎会で、当時の日本レストラン「文月」で、店員が引く程の大喧嘩したなぁ。もう少しでビール瓶が飛びそうだった。 爺の中でも一番悪い記憶。
2人は現地採用。2人とも変人だった。爺以上の。 今思うとパワハライジメだな。
その当時の上司はアル中。  その後、辞めてった。
爺が辞めてから暫くして 亡くなったと聞いた。肝臓病気で?爺より10歳若かったが🙏
そもそも、海外で暮らしている日本人 変人しかいないと思う。まともなら、駐在は良いとして日本で暮らす。遊びに来る以外は。
爺も変人奇人だから、タイに住んでいる。だから海外邦人とは関わりたく無いかな。

辞めた後、日本に戻るつもりはなかった。
ただ、嫁を入籍するために、2週間だけ帰国した。ビジネスビザも切れるし。
入籍は簡単だったと思う。 その後、タイでも婚姻の手続きをし、Oビザを取得した。

病気は癌。どうせ転移、再発すると考え本格的にタイ移住を考えた。
嫁の伝手で、健康保険の継続、失業保険申請、所得税の還付などなど手続きした。
今でも健康保険証は毎年送られて来る。

会社勤めの時は借家。会社が家賃80%負担してくれた。車は社用車ピックアップ。
辞めてから「終の棲家」を計画。

建築は嫁の従兄の建設会社。 爺の希望通りに安く出来た。バーツ安の時だったし。
安い車も買った。車は必需品。

棲家は嫁親の敷地内、建物は嫁名義。車も嫁名義。 
嫁は一人娘で両親は高齢農民、既に農業は辞めていた。いずれ面倒そうなので、親の敷地に庵を建てた。将来、近くで嫁が面倒見れる様に。

それからは、春と秋 2ヶ月ずつ帰国している。だから正確には完全移住ではない、日本に住民票は有るし、健保にも加入してるし。 嫁は在留カード持ってるし。
あと数年、自分でタイ-日本 行き来が出来る間はこのままかな。

爺の北タイ歴は以上かな。
その前のバンコク歴も5年程ある。






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