新・臨床検査の光と影

人の命を測る臨床検査に光を!

採血ミスと過失の考え方

2006-09-26 10:37:38 | 臨床検査技師の業務

 日本中の医療現場で、医学検査のための採血が、1日におよそ10万単位の数で行われていると推定されます。

 このなかで、いままで紹介してきましたように、いくつかの採血ミスが、損害賠償の民亊訴訟にまで至っています。

 ハインリッヒの法則というのがあります。(少し横道に反れますが、このブログ、医療関係者以外の方もみてくださっているので、医療事故とのかかわりについて記しておきます)

 アメリカ人のハーバート・ウイリアム・ハインリッヒ(1886~1962)この人は、アメリカの損害保険会社の技術・調査副部長時代、1929年にある法則についての論文を発表しました。

 5000件余りの労働災害を調査し、統計学的手法で導きだしたのが、この法則でした。

 災害を示す数値は【1:29:300】というもので、「重症」以上の労働災害が1件発生したその裏には、29件もの「軽症」が発生しており、そのまた背景には、傷害こそ免れたものの、危うく大惨事になるような「ヒヤリ・ハット」いわゆるインシデント、隠れたミスが300件も発生している、ということがわかりました。

 まさに、氷山の一角といえましょう。

 この段階で気がついてさえいれば、労災の98%は事前に回避できたはずだといいうものでした。

 民間の損害保険会社にしてみれば、社運を左右するような、大変な法則の発見です。

 以来、航空機や鉄道あるいは自動車事故をはじめとして、消防部門や生産・作業現場での災害・事故防止等、多方面にわたって引用されています。

 この法則を、医療現場、とくに採血による傷害に置き換えれば、こういうことになります。

 採血ミスによって、1件の重大な神経損傷が起こった裏には、軽い内出血や痺れ等を訴える事故が29件、その裏側に、300件もの「ヒヤリ・ハット」がある、ということになります。

 この事故寸前の予兆である、あらゆる「ヒヤリ・ハット」、隠れた過失を見逃さず収集し解析し、安全衛生の指導・教育に生かし、職場の末端まで浸透させる努力によって、医療事故を根絶させようと、活用されています。

   過失は文字通り、「あやまち」「しくじり」、法律上では、「注意義務を欠いて、結果の発生を予見しないこと」となります。

 刑事事件でも民事でも、「注意義務や過失の回避義務」に背いていたかどうかが問われるのは、どちらも共通です。

 さてそこで次回は、「注意」とは、そもそも「注意義務」とは一体なにを指すのか、辞書などひも解きながら、現実の「過失」とともに考えてみようと思います。


採血ミス~和解~裁判の分岐点・続

2006-09-24 10:08:10 | 臨床検査技師の業務

 採血という業務は、法律上も学問上も医行為の範疇に属するとされておりますが、それは耳垂にしろ足踵にしろ、あるいは静脈からにしても、身体に一定の傷害を負わせるわけですから、それには常に危険性がつきまとっています。

 それはまた、採血に伴う小さな危険を選択することによって、よりいっそう大きな危険性を回避するそのための診断・治療に必要な業務だからであり、それが医療の特殊性です。

 これらを「許された危険」というそうです。

 それには、医行為としての、およそ次のような、一定の必要条件が整っていることが必要です。

 1、治療を目的とした採血であること。

 なぜ採血して検査をする必要があるか、患者さんに、治療目的を正しく理解してもらうための、医師の説明があって、医師の指示を受けた臨床検査技師からも、患者さんの理解を得る説明があってしかるべきと考えます。

 2、患者さんの承諾が必要であること。

 医行為は、患者さんの承諾がなければ、行ってはいけないことは当然で、患者さんが、採血について正しい自己決定ができるよう、実行行為者としても、分かりやすく説明し、承諾を得ることが得策でしょう。

  3、手技や方法が妥当であること。

 第一に、臨床検査技師、衛生検査技師等に関する法律の施行令には、臨床検査技師が、血液を採取できる身体部位についても、厳密に規定されていること。

 第二に、あくまでも医師の行う診療の補助としてであり、しかも医師の具体的指示を受けて行うものに限られていること。これに違反すると、臨衛技法(略称)違反ではなく、「保健師、助産師、看護師法」第37条に違反すると、臨衛技法に規定されています。

 第三に、医師の指示の内容は、規程によって採血し得る部位、原則的ではあるけれども、1回の採血量も20ml以内とするよう、「指導されたい」との通知もだされていること。

 第四に、臨床検査技師が行えるとした採血の趣旨は、高い精度と迅速な処理が要求されるために、臨床検査技師が一貫して行うことが要求される場合に備えたもの、としていること。

 第五に、それ故に、採血行為そのものは、臨床検査技師の本来業務ではないとされていること。

 これらの法律、規程、通知等にもとづいて、「許された危険」な行為としての採血が、1970年の臨衛技法(略称)改正にともなって、臨床検査技師の業としてあらたに認められたものです。 

 これらのことを念頭において、それぞれの医療機関で、日常の採血業務を行なう上でのガイドラインやマニュアルを整備し、院内研修等で周知徹底し、遵守していくことが大事だと思います。

 その上で起こった過失、因果関係、法的責任の軽重の問われ方も変わってくるのではないでしょうか。

 次回に、「過失の考え方」について、一緒に考察してみようと思っています。

 

 


採血ミス~和解~裁判の分岐点

2006-09-20 16:17:54 | 臨床検査技師の業務

 S臨床検査技師学校で、臨床検査総論の講義と実習を担当してきましたが、学生同士の肘静脈採血実技の指導場面を思い起こします。

 シミュレーターの腕の模型を使って、何回も針刺しの練習を繰り返し、いざ、血の通った生きた腕に向き合ったとき、青ざめるもの、躊躇するもの、逃げ出すもの、注射器をもった手の震えが止まらないもの、その一方で全員に目配りする方も、緊張を隠しながらの実技指導でした。

 どのようなミスや事故が起こるのか、自分自身の失敗談や経験も含めて、嫌やと云うほど執拗な説明をしてからの実技ですから、どちらも緊張するのは当然のこと。

 神経損傷、動脈損傷、静脈貫通内出血、血腫、空気栓塞、感染症等など。

 真っ白なワイシャツの袖が血だらけになった経験、柔道2段の猛者が、針を刺した途端に貧血を起し、危うく転倒しそうになった話しには、学生たちの顔に笑いはみられませんでした。

 うまく静脈に的中して、注射筒に血液が流れ込んできたときの表情は、なにか一つのことをやり遂げたような、満足な表情でした。

 脱皮した!そんな感じを抱いたものでした。

 初心を忘れないこと、怖れながら敢行すること、経験を積んで慣れてきたときが一番危険なのだから!と。

 実際問題、採血がすんで、どれだけの患者さんが、針刺の痕をどのくらい指で圧迫しているか、じっくり観察してみてください。

 肘を曲げたままの人、早くに下着の袖を下ろす人、放射線科に、薬局や会計の窓口に急ぐ人、帰りのバスの発車時間を気にする人。貼った絆創膏が、止血の役目をしているかのように、・・・・。

 5分間の圧迫を確実に守ってくれる患者さんは、10人中、精々1~2人程度です。 

 「そんなこと、見届けているほど閑じゃない!」とは、採血する術者の言い分であって、あとでクレームを訴えにきた患者さんには、ほとんど通じないどころか、「責任転嫁だ」と、反撥を買うのが落ちです。

 採血に入る前の接遇のあり方、術中の表情や訴えの観察は勿論ですが、ここも大きな分岐点と云えましょう。

 些細なトラブルであれば、誠意のある対応によって納得に至るのが大部分ですが、さりげない、ほんの一言や、ちょっとした態度が、悪印象の導火線に点火することになり、思わぬ事態に進展することもありえます。

 1日およそ10万件の採血、1件のミスも許されません。

 医療行為とは、いつも危険と背中合わせなのですから、・・・。


採血事故で賠償判決

2006-09-18 10:57:33 | 臨床検査技師の業務

 全国に展開する医療機関をはじめ検診事業団・検診センター等をあわせれば、およそ1万ヶ所、一日10件の採血が行われたとしても、その採血件数は10万回にも達します。

 都内のある公的病院では、毎日700~900件の検体検査のための採血があると聞いています。

 あってはならない事故ですが、むしろ、ないほうが不思議なくらい、昼夜の別なくこれだけの採血行為が行われています。

 【1例】次の例は既に損害保険会社等の刷り物などで周知の事実ですが、臨床検査技師が関わった事故の、福岡地裁の裁判です。

 1998年、体調不良を訴えて元美容師(男性・45歳)が、北九州のK病院に検査入院し、臨床検査技師が、左腕から血液採取した際に、神経を損傷し、職業上、櫛を持つて髪を整える左手に力が入らなくなり、指の感覚も低下してしまった、ということで、病院とこの検査技師に対して、約4,650万円の損害賠償を求める民亊請求の裁判をおこしました

 病院側は「不可抗力の要素があった」と減額を求めましたが、なにしろこの美容師は、今でいうところのカリスマ美容師とかで、「20年間に顧客の指名は数千名に達している」と主張。

 裁判長は「神経を損傷する可能性は常にあるが、損傷を回避するための注意義務を怠った」と認定し、さらに「美容師の仕事に復帰するのは困難で、仕事は相当に制限される」とし、65歳までの一定の労働能力を喪失し、その逸失利益を約3,800万円として、慰謝料の支払を命じたものです。

 【2例】2005年の11月にも、大阪地裁堺支部でも原告勝訴の判決があります。

 堺市内の主婦が同市内R病院の看護師から採血を受けた際に、右手の神経を損傷し、身体障害者2級の認定を受ける後遺症に至った例で、病院側は「後遺症は心因性の痛みに起因する可能性が高い」として、所謂「素因論」を展開していますが、全く認められていません。

 【3例】その前年には、埼玉県上尾市の男性(36歳)が、勤務先での健康診断で、県保健衛生事業団(宇都宮)から派遣された看護師(52歳)から採血を受けた際に、誤って神経障害を受けたと、事業団を相手に、約360万円の損害賠償の訴えを起しています。

 訴状では「針を刺してはいけない個所に刺し、注射器に加える力が強すぎたために内出血し、左腕付近の神経を損傷した」といっています。

 事業団では、「事実関係の争いはないが、賠償額について、示談解決に向かって話し合っている」としています。

 否認、謝罪、和解、示談、調停、裁判など、どこかに重大な分岐点がある筈です。

 「明日は我が身」という諺もあります。

 再発防止は緊急で重要な課題です。

 次回、「法律ド素人」の化石の考えるところを述べてみたいと思います。


訴訟に至った採血ミス

2006-09-16 13:20:08 | 臨床検査技師の業務

 検体検査のための採血行為が、臨床検査技師の業として法制化されて35年、それまでは、ほとんどが早朝、看護師がベッドサイドで受け持ってきた看護業務の一部でした。

 それでも各種のアンケート調査によると、様々な個別的な事情もあって、看護師への依存度はまだ高い傾向にありますが、なかには、「看護師の採血は、静脈注射の基礎的訓練になるから、採血業務は渡せない」と仰っていた看護師長もおられました。

 静脈注射も静脈採血も、どちらもリスクは決して低くはありません。

 既にいろいろと報道されているように、秋田県で、ベテラン看護師が採血ミスによって神経損傷の障害を与えたとして、訴訟にもちこまれました。

 原告は県立能代養護学校の47歳の元女性教諭、定期健康診断の静脈採血で右腕の神経が傷つけられ、痺れや握力の低下の障害が残ったとして、県総合保健事業団を相手取り、約8.180万円の損害賠償を求め訴訟を起したものです。

 1審の秋田地方裁判所は「神経が傷つけられた後にみられるべき症状がでていない」として原告の訴えを退けたために控訴し、2審に持ち込まれました。

 2審の控訴審判決で、仙台高等裁判所秋田支部・H裁判長は「病因の所見や、採血中止の状況から、感覚低下の原因は採血による神経の損傷と推認できる」とし、さらに、1審で「神経が傷つけられた後にみられるべき症状がでていない」とした点について裁判長は、「採血直後から右ひじや前腕などの痛みと痺れが持続しており、97年の診断時にも握力低下などの特有の症状がでている」と指摘し、請求を棄却した1審の、秋田地方裁判所の判決を取り消し、被告側に約3,460万円の支払を求める判決を下しました。

 ここで、訴訟と賠償を認めるに至った重大な分岐点と思われる点に触れてみます。

 それは、1審が「長年採血業務に従事していた看護師が採血中に注射針の先を動かしたというのは不自然」とした点についても「必要量の半分しか採血できなかったのに途中で止めており、採血間際に原告が訴えた痛みは、直ちに採血の中止を余儀なくさせる極めて異常なものだった」としていますが、ここに実行行為者の過失を認めた核心部分が潜んでいるように思いました。

  結局、県事業団は「判決文を精査して、今後の対応を決めたい」としています。

 似通った内容の訴訟で、次回は、臨床検査技師の採血ミスによる、福岡地裁の裁判経過について事実関係をみていく予定です。