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仏教思想:中国華厳思想概要(その5)

2021-02-17 08:33:01 | 仏教思想
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 中国華厳思想概要の5回目です。3回目までの序に続いて、前回から本論に入り、まずは『華厳経』について、その意味と構成・主要な章(品名)を取り上げました。(過去記事はカテゴリー「仏教思想」から遡及できます。)
 今回は、主要な三つの品名のうち「十地品」についてみていきます。


2.3.「十地品」、「入法界品」の概要と意義
2.3.1. 『華厳経』における「十地品」の位置づけ
 十地品は『華厳経』の巻末をかざる善財童子求道遍歴を描いた「入法界品」とともに、『華厳経』のなかでも成立年代の古い部分に属します。『華厳経』に組み入れられる以前は、それぞれ『十地経』、『不可思議解脱経』として独立した経典として流布されていました。
 つまり、両経は『華厳経』でもっとも重視された部分であり、まず、『華厳経』の構成における十地品の位置づけを明らかにする必要があります。
 前述の表11(その4)において、『法華経』全体としては、「十地品」を中心とする(二)十地系諸品を中心として、その前後に文殊経典と普賢経典とが連結したものが、華厳の胴体にあたる部分です。これに序文と入法界品を結合するとき完全なる大華厳となります。
 文殊経典では理論智の文殊菩薩を主役として「歴史的に華厳思想に先行する般若の空の思想の再確認が」され、普賢経典では、実践智の象徴たる普賢菩薩を中心として、「華厳独自の菩薩行の理想」が述べられており、両者の中間にある十地系経典では、「菩薩の修行道にかんする考察が、般若の十地思想を踏まえながらも、それを克服する華厳独自のものとして」展開されています。

2.3.2.「十地」の構成と意義
①「十地」の構成
 十地とは、大乗仏教における修行の階梯をさし、「覚り(さとり、菩提)を得ることを予め確定されている主体(有情)」を意味する菩薩(菩提薩埵(ぼだいさった))が、覚りを求める気持ちを生ずる段階(発菩提心)から出発して覚りを得る段階にいたるまでを、10段階に分けたものです。(下表12参照)
 

②十地の果報にみる十地の二段構造
 菩薩の十地の果報(修行の結果得られる善い報い)をナーガールジュナの小論『ラトナーヴァリー』(宝のつながり)にみることができます。(下表13参照)
 
 上表にみるように、初地~七地には十地の果報が以下のように割当てられています。
  初地・二地:地上の王位
  三地~七地:欲天
  つまり、欲界(*)の人と天が割り当てられています。これは、煩悩によって汚されているわけではないが、煩悩を超えてはいないことを表しています。
 さらに、八地~十地の果報では、色界(*)の諸天(梵天が住む世界)が割当てられており、この段階では、煩悩を超えていることを表しています。
*三界:無色界・色界・欲界(詳細は後述)


2.3.3.十地のかなめ
①第七地の意義
 前述のように、七地までは悟りを得たいという欲望にとらわれて、煩悩をすっかり離脱してしまったとは言えない。その悟りの欲望の頂点に達したのが七地で「遠行」の名が与えられています。これは、遠くに旅することを意味し、迷いの此岸から悟りの彼岸へとはるばる赴くことを意味します。
 つまり、第七地が、十波羅蜜(*)と十地とを具足し、それによって「一切の阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみょくさんぼだい:無上のさとり)を助くる法」を具足するということは、大乗菩薩の修行道であり、菩提を助ける法である十地の核心があることを意味するといえます。
*十波羅蜜: 「十波羅蜜」も菩薩の修行道を意味するが、十地との関係では、十地の一つの段階(第七段階)に位置づけられ、「十波羅蜜」と「十地」の10のカテゴリーは1対1の対応を示しておらず、両者の性格はいささか異にしている。
「戒・定・慧」(三学)に『般若経』では「布施・忍辱・精神」を加えて「六波羅蜜」とよび、『華厳経』ではさらに「方便・願・力・智」を加えて「十波羅蜜」とよぶ。

②第七地の位置づけ(まとめ)
・十地を第七地以前と第八地以降の二段階に区分できる
・第七地が十地のカナメである
・十地品が文殊系経典と普賢系経典の媒介の役割でありように、十地のカナメ第七地は第六地以前と第八地以降の媒体の役割をはたしていること
(参考資料:初地~十地の概要(表14))
 

③第六地の意義と位置付け
 第四地と第五地に代表される小乗から大乗にいたる論理的成果をふまえながら、縁起説をてことして、菩薩系実践の立脚点を確立したものと言えます。
 ここで悟った内容は「三界虚妄但是一心作(さんがいこもうたんぜいっしんさ)」(「三界唯心偈(さんがいゆいしんげ)」)であり、般若の知恵を発得することです。
 第六地までは向上面で、第七地からは向下面が現れる。第七地以降、般若の知恵は必然的に慈悲として具体的に生かされて来なくてはならないことを説いています。
 同じく十地品では、「智波羅蜜(ちはらみつ)」を説くが、第六地の慧と第十地の智とは異なるものです。第六地の慧は悟りへの知恵であり、第十地の智は世間にかえって働く知恵です。
(第六地(現前地)の偈の一部:表15)
 
 ここで「三界唯心」という用語が登場しました。「十地」を理解するうえ重要な内容のため、以下で説明しておきます。



 だいぶ長くなりました。本日はここまでとします。次回は、「三界唯心」について、それと主要三品名のうち「入法界品」の取り上げます。しばらくお待ちください。





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