はな兄の1分で読めるエッセー

ふと脳裏に浮かんだ雑感を気ままに綴った日記

小説『小鳥たち』

2022-02-22 00:57:42 | 小説

81才の母の罹ったガンは

早期に発見することが多い腸のガンだったが

患部がその多くを占める大腸ではなく、珍しい小腸のガンであったために

発見が遅れ

気づいたときはステージ4になっていた。

緩和病棟に入院した母は

朝ご飯を食べるとエレベーターで屋上に出て

プランターに水をやるのが日課になった。

実をいうと

関係者以外に屋上に上がれない規則になっているのだが

病院長が母の卒業した高校の後輩ということで

特別な許可をもらっているのだ。

「わがままは、最初で最後だから」

私に向かって、母は人差し指を唇の前に立て、ウインクをした。

「アタシがここで育てたミニトマトを目の前で

孫に食べてもらって。『美味しい』って言ってもらえれば嬉しいな」

 

ある日。

見舞いに行くと

浮かない顔をしている。

私を屋上に連れてゆくと

プランターの中で育つミニトマトの苗を

両手で二つに分けて見せた。

すると。

そこには小指の先ほどの卵が四つ鎮座していたのである。

「どうしようか」

母は私の顔をのぞき込む。

私はしばらく思案の後

こう答えた

「天国ってやつを『浦島太郎』の竜宮城に例えたとしたならばよ

この卵からかえる小鳥たちは、ちょうどカメにあたるんじゃないかな。

つまりさ、お母さんが幽体離脱したら

この小鳥たちが天国へと誘ってくれるわけよ」

「はあ?そ、そうか...」

母は首を傾げていたが

やがて大きく頷いた。

その時、私たちの目の前の中空を

二羽の小鳥たちが旋回し

「チチチチ...」

と威嚇の声を発した。

「あの夫婦の卵らしいね」

ポツリと母が言った。

 

母は、残る力を振り絞り膝をガクガクさせながらも

後輩の病院長のもとに駆けつけた。

そして

『なにびとも屋上に行くことを禁ずる』お触れを出すよう要請し

その最後の願いはなんとか受け入れられた。

その日、帰路につくクルマの中で私は

「あの小鳥たちは、キセキレイって鳥なのかも。

お母さんの病気が完治して、文字通り、奇跡例(きせきれい)の一つ

になるといいんだが」

そう呟いていた。

 

 

 

母の命がそれから一か月先にまで延びたのは

まさに奇跡としか考えられなかった。

 

 

担当の医師から母の臨終が告げられた時である。

病室の窓の外を

小鳥たちの群れが飛翔してゆくのが見えた。