NHK-Eテレ 日曜美術館( 再放送:7月21日夜)で
『筆を持たない天才芸術家・岡倉天心』を見ました。
岡倉天心(1863-1913 )と言えば、私も教科書で学んだ記憶のある人物です。
番組では、岡倉天心は明治時代、西洋化の荒波に逆らい、
日本独自の美を目指して美術界を牽引した。
横山大観、菱田春草、下村観山などの画家たちを育て、“近代日本画”を打 ちたてた 。
天心と弟子たちは固い絆で結ばれていた。
天心が東京美術学校校長の座を追われた時、一緒に学校を去り日本美術院を立ち上げた。
美術院が経営難から茨城県五浦 に“都落ち”した時、天心と一緒に不便な地に移住した。
「人の型を踏むな」「芸術は 無窮を追え」と独創性を求めた天心。
弟子たちはその言葉を座右の銘とした。
今年は、岡倉天 心の没後100年にあたる。
番組では、天心の指導を受けて、大観、春草が描いた作品を紹介 しながら、
師弟の熱い交わりの中から近代日本画が誕生する軌跡追っていきました。
番組を見終わって、あらためて岡倉天心のすごさを学ぶことができました。
岡倉天心は日本の伝統美術を世界に示し、近代日本美術界の骨組みをつくった、
日本美術の総合プロジューサーのような人と言えるかもしれません。
岡倉天心は明治の文明開化という時代、海外に開かれた横浜で英語を学び、
1875年東京開成学校に入学し、外国人教師フェノロサに学びま す。
同時に 日本美術に傾倒したフェノロサの通訳として、古美術への関心を深めます。
奈良法隆寺の久世観音と対面し、激しく心を揺さぶられ、
美術こそすぐれた国の華であると考えるようになりました。
生涯にわたり、世界的視野で日本美術を見てきた人だと言えます。
横山大観、下村観山、菱田春草らは、岡倉天心の理想を受け継ぎ、
広く世界に目を向けながら、日本の伝統絵画に西洋画の長所を取り入れました。
自らは絵を書かず、画家を育て上げた功績はすごいと思いました。
岡倉天心

菱田春草

菱田春草「落葉」

横山大観

横山大観「屈原」

下村観山

下村観山「 弱法師」
