「客気」(かっき)とは、物事に逸(はや)る心。「血気」とも言う。
これと似たものに「意気」がある。何かしようとする積極的な心のこと。「意気」の発動元になる基盤を持ち合わせていない人を「意気地なし」と謂う。老生は幸運にも客気には恵まれたものの、30才を過ぎるまでは意気地が無く、したがって意気が乏しかった。
意気のあるなしは男性では重大視されるが、女性ではあまり問題にされない。それに対して客気は、男女共等分に必要なものである。
恋というものは、男女双方に客気がないと、正しい意味では成立しない。客気に衝き動かされることのない恋は信頼するに当たらない。一方が客気を欠いた男女の交際は、恋に発展するエネルギーが不足する。
恋に当事者の客気が必要不可欠なのと同様、友誼も当事者の客気を欠いては成立しない。客気のない者に、真の友情が存在するとは思えない。
客気が恋と友誼に欠かせないものとなると、客気は人間にとって必要不可欠なものということになるだろう。したがってこれを欠くということは、人生の彩りが薄れるということにほかならない。
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