2019年にあたってのご挨拶を書く予定でしたが、非常に忙しく 先日の「夜の一人歩き(4) 祇園界隈」の後日談を掲載することとしました。
なお、これは当然ながら携帯電話なんかなかった頃のお話。
祇園祭から帰るとすぐ、着ていた借用のシャツをクリーニングに出した。そして口紅つきのシャツは、紙袋に入れたまま、部屋の片隅に置いた。
クリーニングから引き取ったら、すぐ名刺の住所へ送ろう。しかしあのポケットのメモに書かれている約束ってのはどうしよう。からかわれたのだろうか…、それとも… でもどうしたらいいのだろうか…。
彼女のリクエストはアメリカンアートに関することだった。
シャツを引き取るまでの数日間、朝起きるとすぐ袋の存在を眼で追い、外出から帰った時もその有り姿を確認する、しかし触りには行かないといった感じで過ぎていった。
それとともに、彼女に間違ったことを言っていないか確認するため、改めて美術の本をチェックし、安心したり、一人で赤面したりした。そして大きな勘違いを見つけた。
京都国立近代美術館分館の特別展で、以前アメリカンアートを見た印象が強く残っていて、通常展示でもそれらを少しは見ることができるだろうと思っていた。
しかし実は近代の日本絵画がそこでの収集の中心であり、外国の絵画はほとんどないことだった。
非常に恥ずかしかったが、約束を断る理由ができたということで、ある意味ほっとした。ともかくは、謝るという目的で、彼女に連絡できる。
借用のシャツを荷造りし郵送した後、紙袋を開いてシャツのポケットからメモを取り出した。電話番号と、連絡可能な時間が離散的に書かれている。
電話をかける。 なかなかでてこない。 しかしガチャンという音がし、受話器があがった。 しかし、沈黙が少し続く。
私から、呼びかけた。
「もしもし、○○○○さんのお宅でしょうか」
「あっ、もしかして、祇園祭の時に簡単に寝てしまった学生さん?」
私の声には特徴があるそうで、友人の場合はすぐ私とわかるといっているが、この時はびっくりした。と同時に、私も彼女とすぐわかった。なお最初の沈黙は、後で聞いたが、今で言うストーカー対策とのこと。
私から先日のお礼と、美術館には残念ながら、目的だったアメリカンアートがないと言うことを説明した。
「別に対象はなんでもいいのよ。貴方と行ってみたいの。今何をやっているのかな。 今日は偶然、踊りの先生がこの暑さで寝込んでいて、午後暫くは空いているの」
意外な展開に慌てて、シュールレアリズムの特別展をやっているはずと答えたら、それでいいから一緒に行ってみたいと、あれよあれよという間に話は進行してしまった。
すぐ洋服に着替えるということで、2時間後の美術館前の待合せを決めた後、彼女が電話を切る前に行った。
「寝ている顔が可愛かったから、2箇所キスマークをつけてあげたのよ。お店を出る前に顔を洗ったかしら? それともお姉さんが、顔を拭いたのかな」
電話が切られた後、暫くそこでじっと立って、あの日のことを思い返してみた。まさか1日キスマークをつけたまま、歩き回ったのでは?
出る時に鏡なんか見ていない。途中のショーウィンドウに写った姿、記憶にない。周りの人はどうだったろうか。帰った後のお風呂屋さん、鏡に映ったときにはなかったと思うけど、眼鏡外しているからちゃんとわからない…・・
それより先ずは準備と言い聞かせて、いつもより少しはましな服に着替え、すぐ大学の図書館に行き、1時間シュールレアリズムの本をパラパラっと読んだ。そして岡崎にある美術館に直行、約束の5分前に到着。
それから待ちました、1時間弱。
その後、女性を1時間位待つことがあるのは当たり前と思うようになったが、この時が連絡なしに30分以上待つ最初の機会だったので、とっても焦った。
タクシーで素敵なサングラスの女性が到着し、美術館内に入っていくのを眼で追っていると、後からぽんと肩を叩かれた。
白のブラウス、薄い青のタイトスカートの小柄で小顔の女性が、ニコニコしながら、私を見上げていた。頭の中で、その顔に一生懸命に化粧を塗りたくり、先日の顔との一致点を探った。多分少し年上の、全体として柔和だけど眼にやや勝気さのある、普通の顔。
「待たせてごめんなさいね。」
「いいえ、入場券を買っておきました。」
「ありがとう後で出すわ、学生さんに出してもらうのは悪いから。」
あまりに普通の雰囲気、普通の服に内心驚きながらも、こういったタイプの展覧会の経験を聞き、初めてということで一安心。少しは1時間漬けの成果が生きるかもしれない。
その展覧会は、大きな岩が空間に浮遊したり、鳥の形の青空が広がる絵で知られるルネ・マグリット中心のものだった。
画法のテクニックというより、こういったメッセージの解釈が必要なのは、頭でっかちの私の得意とするところで、いろいろと説明していくとやはりニコニコしながら聞いてくれた。
だけどやはり本物は違っていて、しばらくすると作家のアイデア、イメージの飛躍に2人ですごいねって言い合うだけになった。彼女とは不思議なくらい話があった。
絵だけではなく、例えば小首を傾げて話し始めるといった、彼女のきれいな種々の所作にも、見入ってしまった。
館内ではもう一つの発見があった。私達の前に入っていたサングラスの女性が、館内でもサングラスのまま、絵を見ている。
絵への冒涜ではないかと思って気にかかっていた。彼女も同様のようだったが、突然彼女が言った。
「あの人、女優の△△さんよ」
その頃は超売れっ子だった。まあ、騒がれないようにっていうのはわかるけど、美術館内ぐらいは、皆も落着いて見せてあげたいと心得ているだろうに。その自意識過剰過ぎが、痛々しくなった。
展示場の最後のところで、彼女は自分自身の心象風景に合っているといって、鳥の空の大きなポスターを買った。そして河原町までタクシーで一緒に行くことにした。
喫茶店リプトンに入り、本日の感想を話し合った。
特に女優さんのサングラスで、話が盛り上がった。サングラスをかけて見た時、どういうように絵が見えるんだろうかとか、絵描きがサングラスをかけて描いたら、意外性のある絵が生まれるのじゃないかとか。
それは、瞳の色が違う場合の見え方(人種の違い)から、それこそ個人個人が見えているものは同じなのだろうかというところまで、展開していった。
彼女のやさしい声と、繊細な仕草、本当にうっとりとする。
話が佳境に入った時、テーブルの上に置いていた入場券の半券が、下に落ちた。あっと思ってテーブルの下に潜り、ふと前を見た。テーブルによって上半身から切り離されて、きれいな足がタイトスタートからすらっと伸びている。
ぴたっと膝をつけ、少し傾いた柔らかそうな平行線。
こんな状況になったのは始めてなのと、美しい造形に一瞬息を呑み、動きをとめた。乳白色に輝いていた。
半券を拾い上げ、ゆっくりと身体をあげ、どぎまぎしながら話を続けた。声が上ずったけど、彼女は気付いたかな?
彼女が時間ということで、喫茶店を出ることになった。飲食費は男性持ちということで、先ほど受けとった割り勘の入場券のお金が、そのままレジに移動した。
喫茶店を出ると、彼女はドキッとするような流し目をした後、にっこりと笑って言った。
「ね、見たんでしょっ。」
「えっ」
「着物の場合は、履かないのよ。もしかしたら、今だって………なのかも。」
一瞬にして、顔だけじゃなく身体中が真っ赤になった気がした。
「そのかわり次の約束。XXXXへ一度連れてって、興味があるから。
それと、これからヘルメット(鬘)かぶって戦場へ行くのだから、私が貴方にキスマークをつけたところに、勇気付けのキッスをして。こことここよ。」
私はロボットのように、言われるままにキスをした。彼女は三条のほうへ向かって、優雅に歩いていった。
とても幸せな時間を過ごしたのに、本当に疲れてしまった。
(Cafesta からの転載。 またその他にも掲載したことがあります。 そちらで読んだ記憶のある人は、声をかけてください。)
なお、これは当然ながら携帯電話なんかなかった頃のお話。
祇園祭から帰るとすぐ、着ていた借用のシャツをクリーニングに出した。そして口紅つきのシャツは、紙袋に入れたまま、部屋の片隅に置いた。
クリーニングから引き取ったら、すぐ名刺の住所へ送ろう。しかしあのポケットのメモに書かれている約束ってのはどうしよう。からかわれたのだろうか…、それとも… でもどうしたらいいのだろうか…。
彼女のリクエストはアメリカンアートに関することだった。
シャツを引き取るまでの数日間、朝起きるとすぐ袋の存在を眼で追い、外出から帰った時もその有り姿を確認する、しかし触りには行かないといった感じで過ぎていった。
それとともに、彼女に間違ったことを言っていないか確認するため、改めて美術の本をチェックし、安心したり、一人で赤面したりした。そして大きな勘違いを見つけた。
京都国立近代美術館分館の特別展で、以前アメリカンアートを見た印象が強く残っていて、通常展示でもそれらを少しは見ることができるだろうと思っていた。
しかし実は近代の日本絵画がそこでの収集の中心であり、外国の絵画はほとんどないことだった。
非常に恥ずかしかったが、約束を断る理由ができたということで、ある意味ほっとした。ともかくは、謝るという目的で、彼女に連絡できる。
借用のシャツを荷造りし郵送した後、紙袋を開いてシャツのポケットからメモを取り出した。電話番号と、連絡可能な時間が離散的に書かれている。
電話をかける。 なかなかでてこない。 しかしガチャンという音がし、受話器があがった。 しかし、沈黙が少し続く。
私から、呼びかけた。
「もしもし、○○○○さんのお宅でしょうか」
「あっ、もしかして、祇園祭の時に簡単に寝てしまった学生さん?」
私の声には特徴があるそうで、友人の場合はすぐ私とわかるといっているが、この時はびっくりした。と同時に、私も彼女とすぐわかった。なお最初の沈黙は、後で聞いたが、今で言うストーカー対策とのこと。
私から先日のお礼と、美術館には残念ながら、目的だったアメリカンアートがないと言うことを説明した。
「別に対象はなんでもいいのよ。貴方と行ってみたいの。今何をやっているのかな。 今日は偶然、踊りの先生がこの暑さで寝込んでいて、午後暫くは空いているの」
意外な展開に慌てて、シュールレアリズムの特別展をやっているはずと答えたら、それでいいから一緒に行ってみたいと、あれよあれよという間に話は進行してしまった。
すぐ洋服に着替えるということで、2時間後の美術館前の待合せを決めた後、彼女が電話を切る前に行った。
「寝ている顔が可愛かったから、2箇所キスマークをつけてあげたのよ。お店を出る前に顔を洗ったかしら? それともお姉さんが、顔を拭いたのかな」
電話が切られた後、暫くそこでじっと立って、あの日のことを思い返してみた。まさか1日キスマークをつけたまま、歩き回ったのでは?
出る時に鏡なんか見ていない。途中のショーウィンドウに写った姿、記憶にない。周りの人はどうだったろうか。帰った後のお風呂屋さん、鏡に映ったときにはなかったと思うけど、眼鏡外しているからちゃんとわからない…・・
それより先ずは準備と言い聞かせて、いつもより少しはましな服に着替え、すぐ大学の図書館に行き、1時間シュールレアリズムの本をパラパラっと読んだ。そして岡崎にある美術館に直行、約束の5分前に到着。
それから待ちました、1時間弱。
その後、女性を1時間位待つことがあるのは当たり前と思うようになったが、この時が連絡なしに30分以上待つ最初の機会だったので、とっても焦った。
タクシーで素敵なサングラスの女性が到着し、美術館内に入っていくのを眼で追っていると、後からぽんと肩を叩かれた。
白のブラウス、薄い青のタイトスカートの小柄で小顔の女性が、ニコニコしながら、私を見上げていた。頭の中で、その顔に一生懸命に化粧を塗りたくり、先日の顔との一致点を探った。多分少し年上の、全体として柔和だけど眼にやや勝気さのある、普通の顔。
「待たせてごめんなさいね。」
「いいえ、入場券を買っておきました。」
「ありがとう後で出すわ、学生さんに出してもらうのは悪いから。」
あまりに普通の雰囲気、普通の服に内心驚きながらも、こういったタイプの展覧会の経験を聞き、初めてということで一安心。少しは1時間漬けの成果が生きるかもしれない。
その展覧会は、大きな岩が空間に浮遊したり、鳥の形の青空が広がる絵で知られるルネ・マグリット中心のものだった。
画法のテクニックというより、こういったメッセージの解釈が必要なのは、頭でっかちの私の得意とするところで、いろいろと説明していくとやはりニコニコしながら聞いてくれた。
だけどやはり本物は違っていて、しばらくすると作家のアイデア、イメージの飛躍に2人ですごいねって言い合うだけになった。彼女とは不思議なくらい話があった。
絵だけではなく、例えば小首を傾げて話し始めるといった、彼女のきれいな種々の所作にも、見入ってしまった。
館内ではもう一つの発見があった。私達の前に入っていたサングラスの女性が、館内でもサングラスのまま、絵を見ている。
絵への冒涜ではないかと思って気にかかっていた。彼女も同様のようだったが、突然彼女が言った。
「あの人、女優の△△さんよ」
その頃は超売れっ子だった。まあ、騒がれないようにっていうのはわかるけど、美術館内ぐらいは、皆も落着いて見せてあげたいと心得ているだろうに。その自意識過剰過ぎが、痛々しくなった。
展示場の最後のところで、彼女は自分自身の心象風景に合っているといって、鳥の空の大きなポスターを買った。そして河原町までタクシーで一緒に行くことにした。
喫茶店リプトンに入り、本日の感想を話し合った。
特に女優さんのサングラスで、話が盛り上がった。サングラスをかけて見た時、どういうように絵が見えるんだろうかとか、絵描きがサングラスをかけて描いたら、意外性のある絵が生まれるのじゃないかとか。
それは、瞳の色が違う場合の見え方(人種の違い)から、それこそ個人個人が見えているものは同じなのだろうかというところまで、展開していった。
彼女のやさしい声と、繊細な仕草、本当にうっとりとする。
話が佳境に入った時、テーブルの上に置いていた入場券の半券が、下に落ちた。あっと思ってテーブルの下に潜り、ふと前を見た。テーブルによって上半身から切り離されて、きれいな足がタイトスタートからすらっと伸びている。
ぴたっと膝をつけ、少し傾いた柔らかそうな平行線。
こんな状況になったのは始めてなのと、美しい造形に一瞬息を呑み、動きをとめた。乳白色に輝いていた。
半券を拾い上げ、ゆっくりと身体をあげ、どぎまぎしながら話を続けた。声が上ずったけど、彼女は気付いたかな?
彼女が時間ということで、喫茶店を出ることになった。飲食費は男性持ちということで、先ほど受けとった割り勘の入場券のお金が、そのままレジに移動した。
喫茶店を出ると、彼女はドキッとするような流し目をした後、にっこりと笑って言った。
「ね、見たんでしょっ。」
「えっ」
「着物の場合は、履かないのよ。もしかしたら、今だって………なのかも。」
一瞬にして、顔だけじゃなく身体中が真っ赤になった気がした。
「そのかわり次の約束。XXXXへ一度連れてって、興味があるから。
それと、これからヘルメット(鬘)かぶって戦場へ行くのだから、私が貴方にキスマークをつけたところに、勇気付けのキッスをして。こことここよ。」
私はロボットのように、言われるままにキスをした。彼女は三条のほうへ向かって、優雅に歩いていった。
とても幸せな時間を過ごしたのに、本当に疲れてしまった。
(Cafesta からの転載。 またその他にも掲載したことがあります。 そちらで読んだ記憶のある人は、声をかけてください。)