名称:特別展 フェルメール展
場所:大阪市立博物館
期間:2019年2月16日~5月12日
訪問日:3月14日
惹句:それはこのうえもなく優雅な事件
日本初を含む、西日本過去最大規模の6作品
内容:
1.オランダ人との出会い:肖像画
2.遠い昔の物語:神話画と宗教画
3.戸外の画家たち:風景画
4.命なきものの美:静物画
5.日々の生活:風俗画
6.光と影:フェルメール
ネーデルランドは、ボス、ブリューゲル、レンブラントといったとてもユニークな美術家を生み出しており、とても興味がありいろんな資料を読んでいた。
そしてこの地域の独自性は、下記によると学んだ。
①ボスの頃はローマ、レンブラントやフェルメールの頃はパリのような美術中心地とはワンクッション離れていること
②貴族やカトリックなどの旧来の権力構造が弱く商業が勃興し、金持ちの商人が美術のユーザーとなったこと
③彼等はリアリズムを尊び、従来からの肖像画や宗教画だけでなく風景画や風俗画をも興味の対象としたこと
フェルメールは1632-1675年の生涯であり、以下のオランダの歴史に照らし合わせても、英蘭戦争開始までは世界の海に覇権を持った絶頂期に生きていて、美術のマーケットのある幸せな時期だった。 フェルメール自身も裕福な義母のおかげで、ラピスラズリなど贅沢な画材を集めることができた。ただし戦争開始後は一転悲惨だったようだが・・
1596年 ネーデルラント連邦共和国が成立 ただしスペインとの戦争は継続。
1602年 オランダ東インド会社設立
1609年 スペインとの停戦協定
英蘭戦争までは海上帝国
1672年 第3次英蘭戦争開始
その後 衰退
(なお日本の元禄時代は1688-1704年でかなり近い。アジアの文化の中心である中国から少し離れていて、かつ商人が美術のマーケットを作ったということでは、かなり似ている。)
今回の構成を見た時、オランダ美術における基本そのものと思った。すなわち伝統の肖像画と宗教画から、風景画や静物、そしてオランダ独自の風俗画へと展開する流れを示し、それらの流れの中にフェルメールがあることを示そうとしている。これまでのフェルメールに関わる展覧会の中でも主張は明確である。
逆に明確だから、なるほどなるほどと前座感いっぱいでせっかくいい作品もあるのに、最後のフェルメール6点へと気持ちがいってしまう・・・と言うことで、フェルメール6点のみの感想とする。
・マルタとマリアの家のキリスト 1654年
・取り持ち女 1656年
・リュートを調弦する女 1662年
・手紙を書く女 1665年
・恋文 1669年
・手紙を書く婦人と召使 1670年
(1)マルタとマリアの家のキリスト 158.5×141.5mm
義母の経済的支援が得られるか不明確だった頃に描かれた20歳前半に描かれたもので、伝統的なニーズのある宗教画、と思ったらちょっと癖のあるテーマ。
私は高校がミッションスクールでルカの福音書のこの話について、同級生の信者さんから以下のような内容について聞いている。
マルタとマリアの姉妹の、家を訪問した時、マルタは歓迎しようと晩餐の準備を進めたが、マリアはイエスにくっついて話をせがみ聞き入った。マルタは手伝ってくれないマリアに腹を立てて、手伝ってくれるようにイエスからも言ってほしいと望んだら、イエスは「マリアが良い方法を選んだ。」と言ってそのまま話を聞かせるようにした。これはその信者さんによれば、イエスは言葉を伝えにきたのであるから話を聴いてくれればそれでよいので、歓待など余分なことということになる。逆に宗教者側としては、過剰なサービスを期待してはいけないということになる。
オランダは新教の国になったが、カトリック等の旧教の神父がお布施を求めて訪問した時、この絵が飾ってあると皮肉になったかもしれない。
この絵はあまりフェルメールの特徴はないが3者の関係性が面白い。
座ってイエスを見ているマリアの夢見るような顔。洗脳されたかのように、マルタの存在も見えていない。イエスに語り掛けるマルタ、きつい言葉で言ったようだが、イエスの言葉でその緊張感が融けていっているよう。そしてイエス、自分の意志を理解できなかったかわいそうな人としてマルタ見ている、でも理解できれば受け入れようとしている。さあ次のシーンはどうなっていくのでしょう・・・
(2)取り持ち女
(1)のすぐ後、義母の支援が確実になって、まだ市場が不明確な風俗画を描き始めた最初の作品。
売春の交渉成立の場面であり、ワインを飲んで顔を赤らめた女に、派手な帽子でトレーナーのような服を着た男から、コインが渡されようとしている。その頃の標準銀貨ならば、1枚約2~3万円程度。男は女の胸を触って値踏みをしているようだ。
そしてその手の向こうに、題目の主役である取り持ち女がいる。男女よりもくっきりと強い意志を持ったリアルでいやらしい顔、お金の受け渡しとピンハネを考えているのだろうか、女性の覚悟を見ているのか。そして左に、何だかわからない楽器を持ってニタッと笑っている顔の人がいる。他の3人が劇中人物で、この人が吟遊詩人として噂を広げる見届け人か。
登場人物のシンプルな服よりも、絨毯を使ったテーブルクロスが派手。そして売春婦の服の黄色がきれいすぎ、またコインへ手を伸ばす手がぎこちない。ワインの勢いが必要だったのか。ともかく、テーブルクロス、黄色の女の服、赤い男の服と眼が移っていき、最後に闇に浮遊するような取り持ち女の顔が浮かび上がる。
でもその時代 誰がこのような題材の絵を欲しいと思ったのだろうか。
(3)リュートを調弦する女
作品の損傷が激しくまたフェルメールの明るい光でないことから、かつて真贋が割れた作品(現在はフェルメール作ということでほぼ決定)。女性の顔も、こんなに尖った人は他のフェルメールの作品にない。ただし魅力的な顔ではある。構図や光の角度なんかはフェルメール。 全体にもっと明るければ、特に手前の机の布や左のカーテンがもっと鮮やかな青であれば、もっと魅力的な作品だったのでは?
この辺りは、実際に描かれた時の色がぜひ知りたい。
(4)手紙を書く女
この絵は、日本で2回目、そしてワシントンでもお会いした。
私はフェルメールの描いた女性の中で、この可愛くて知的にニコッと微笑んでいる上流階級の女性が、一番好きである。他の女性はその表情を深読みしなければならない。
テーブルクロスの深い青によって、彼女の黄色の服が一層輝き、笑顔を一層魅力的にしている。フェルメール特有の横からの角度のあまりない光に対する描写、アクセサリや机上の小物入れなどに現れる点描のような輝きが冴えている。
なにより鵞ペンが輝き、笑顔と合わせてとてもワクワクとするような言葉を書き綴っていることがわかる。
余談だが、暫く前に日本から追放されオランダにいるシーボルトへ、日本人妻が送った手紙が見つかったとのことだが、ほぼ同時代。オランダ海上帝国時代は、世界を股にかけて恋文を送ることができたのだ。
(5)恋文
この絵は一度盗難にあい、キャンバスを引き裂かれたため1年かけて修復されたという歴史がある。ともかく取り戻され完全に修復されて出会うことができたことに感謝したい。
暗い部屋から、こっそりと上流階級婦人とメイドの様子を見ているという工夫を凝らした構図になっている。この頃のオランダの風俗画は、ボスやブリューゲルの伝統を引き暗喩の塊みたいなもので、この絵は手前の暗い部屋が過去の部屋、そして明るい部屋が現在の状態とされる。
暗い部屋は終わった恋で、左側面に地図があることから相手は海外にいることが示唆され、右の彼と弾いていた楽譜の束が片づけられていることで、付き合いが終ったことを意味している。
そして明るい現在の部屋、掃除中だし足元の洗濯物も放り出して楽器を持っていること、そして背景の帆をはらんだ船から、現在新しい恋に夢中になっているということが読み取れるのだそうだ。そこに届いた、過去の人からの現状を知らない恋文、さあどうなるのでしょうかという場面。
暗い部屋の薄暗い中の状態が丁寧に描かれている。それが明るい部屋との見事なコントラストで、中央の2人の様子を引き立てている。メイドさんが貫禄ありすぎて、婦人が困っているのをからかっているようだ。
(6)手紙を書く婦人と召使
この絵も、背景のモーゼの絵、手前足元に散らかっている手紙やステック、慌てて手紙を書こうとしている主婦、気だるそうに窓の外を見ているメイド・・ それらからの暗喩で、侃々諤々の論議がなされている。特に落ちている手紙が書き損じか送られて来たものか、流されたモーゼを発見した絵は何を意味するのか・・なかなか賑やかである。
でもそれより、やはり絵としての素晴らしさを楽しむべきと思う。角度の低い窓からの光線に照らされる室内と人物の立体感、タイルを利用した部屋の奥行の表現、窓の素敵な紋様、2人が何を思っていようとも抱擁する舞台装置が作られている。
この6枚のフェルメールは広い空間の中に展示されていて、ある程度混雑していても見やすかった。ただ人の動きは、東京や名古屋の人の動きに比べて利己的かなと思った。
その頃のネーデルランドの風俗画は、まず一見「美しい」、そして背景を考えて「面白い」、もっと考えて「なるほど」といった感じに、見る人の知識と発見の時間で意味が変わるいわば「単純にはっ消費されない美」になっているので、本当ならば一点をじーっと見るのが正しいのだろうなと思う。
でも現代はそういかないので、1時間半くらいで出てきた。でもこのフェルメール以外にもいい作品が多く、かなり疲れた。