私は学生時代を京都で過ごした。
そこは、安倍清明の頃は百鬼夜行の町であり、また戦乱が始まると、権力によって血なまぐさいおもちゃにされてきた。
しかし現在(少なくとも私のいた頃)は治安もよく、コンパクトでかつ駐車しにくいことから徒歩が最も便利であり、自分勝手な学生達を許容する町として、夜に一人歩きしても特に違和感はない町であった(とおもう)。
下宿の人には、音を発ててうるさいし、心配をかけたかもしれないが、よく真夜中彷徨い歩きに出入りした。
この話は、秋の夜に京都御所を歩いた時の話。
前期試験の終わった頃、三条京阪でコンパをやり、同志社女子大のルパン三世みたいにかっこいい(スマートで手足の長く、あだ名がルパ子さん)女性を、私の担当として品行方正に寮へと送り届けた。
その際、次の日の講義をパスして、美術館へ行く約束を取り付けた。
彼女と一緒の間、ずっとほとんど横斜め下しか見ていなかったが、見上げると本当にきれいな月夜。
嬉しくなっちゃって、御所の中で酔いを醒ますことにした。(外壁の中だが、当然いつでも入れる場所のこと、特別な場所に忍び込んだのではない。)
入ると街灯がポツンポツン、道を白くぼんやりと浮かび上がらせている。人は見事にいない。外の音から遠ざかり、虫の音がそこかしこから聴こえてくる。
ここは僕の独占物だという気分になって、思いっきり声をだして、歌うことにした。
最初に歌いはじめたのは、都へのおのぼりさんなのだからということで、 ♪京都、大原、三千院、ってヤツ。
次は 坂本九の星の歌、そして数曲続けて歌って、どんどん気分が高揚してきた。
そして身体を動かしながら、マイフェアレディを、ダーンスオールナイトって歌いだしたとき、パトカーが前に現われ、すーっと横を通り過ぎていった。
そして後でユーターンし、僕の数m後につけて、ゆっくりとついてくる。
……ダンスダンス、ダンース、オールナーーイト。
おやっと思ったが、かまわず今度は加山雄三の歌を続けた。
幸せだなあ……
せりふをしゃべりながら、やっと挙動不審者だと思われているのだなと、酔った頭で思い当たった。
それじゃあというので歌ったのが、
あー インタナショナルわれーらがもの……・ というヤツ。
すると、パトカーはすっと近づいてきて、車のノーズと足の位置がほとんど変わらない位置に、ぴたりとつけた。
挑発に載ってやがるのと思いながら、次に童謡の「小さい秋」を歌った。すると改めて5m後ろに下がった。
じゃあこんなのは?ということで、童謡の「犬のおまわりさん」で、犬と猫をいれかえて歌った。こんな風に。
迷子の、迷子のコイヌちゃん、貴方のおうちはどこですか……。
パトカーは、いったん近づこうとしたが結局もとの位置に戻り、付いてくる。
チェッ、まあいい。意識しないことにしようということで、続けて歌い始めた。さすがに身振り手振りはもうやらなかった。
結局それから3曲目の「いつでも夢を」で、門にたどり着いた。
パトカーはそこで止まり、もうついてこなかった。
角を曲がる時、振り向くとまだ止まっていたので、手を振った。
ライトがウィンクした。助手席の人が、車の中で手を振ったようだった。
<消滅したSNSに書いた記事の再々掲載です。>