展覧会名:ボストン美術館の至宝展
惹句:東西の名品 珠玉のコレクション
場所:名古屋ボストン美術館
会期:2018.2.18-7.1
訪問日:3月24日
名古屋ボストン美術館は、今年の秋でアメリカのボストン美術館との契約が終了し、閉鎖される。そのためまずこの展覧会、そして7月24日から「ハピネス」という表題の展覧会で有終の美を飾ろうとしている。
この展示会は東京、神戸を回って人気だったようですが、確かに内容は充実していました。向こうのHPを見ても、彼らが目玉にしている作品をそれなりに送り込んでいました。
構成は、以下のようになっている。
1.古代エジプト美術
2.中国美術
3.日本美術
4.フランス絵画
5.アメリカ絵画
6.版画・写真
7.現代美術
この内容は、ボストン美術館そのものの構成に沿ったものであり、アメリカの大きな美術館も、こんな構成になっている。ただしボストン美術館のHPを見てちょっと興味を持ったのは楽器のコレクションを持っていることで、出来れば一度ボストンに行ってみたいと思った。
1.古代エジプト美術
ボストン在住のコレクターの寄付とともに、自らハーバード大学との共同発掘調査団を送り込んで美術品を収集しており、ボストン美術館(MFA)は自信を持っている分野である。
ここには11点が展示されているが、その中に私の気に入った2点のアラバスターの作品があった。
一点は目玉となっているメンカウラー王の像。ギザの第3ピラミッドの主だが、白い光沢に威厳を感じる。(下記の左) そして生贄の足を縛られた鹿。(下記の右) 哀れに鳴いている姿がとてもリアルである。
2.中国美術
これの蒐集の始まりは日本の岡倉天心等によると書かれていた。日本国内にあったもの、そして岡倉等が清の崩壊時に中国で集めたものを、日本にいたボストン人が購入することで米国へと作品が移転されている。日本も廃仏棄釈で混乱していたから、いわば火事場泥棒的に優品が太平洋を渡ったようなものである。
ここで展示されたものは6点。どれも素晴らしい。
紹介するのは2点、まず1点目は「九龍図」。長さ10mの絵巻物で、若い龍から高齢となった龍までの、9種のシーンが描かれている。日本の龍の表情と違うのが面白い。また波の流れの曲線の並行や、雲のきれいな渦巻きなど丁寧な仕事がなされている。
もう一つは、大徳寺からフエノロサが購入した羅漢図。羅漢のそれぞれの表情が素晴らしく、米国で中国美術への興味が一気に高まったというのがよくわかる。
3.日本美術
今回は 当然ながらこれが全体のメイン。作品は14点。
喜多川歌麿の三味線を弾く女性なども魅力的だが、やはり私にとって最も魅力的なのは曽我蕭白。この人も伊藤若冲と同様に奇想の画家とされ、海外から人気に火がついている。2点あり、ともに素晴らしいが紹介するのは、風仙図屏風。
左側の渦は龍を意味するのだそうだが、そんなものを描くよりもこのど太い黒の渦のほうが、本当に風を感じる。そして吹き飛ばされた従者2人に対して、髪や髭を流しながらもスキなくしっかりと立っている武者の迫力。ダイナミックで人気が出るのもわかる。
もう一枚は今回の目玉、江戸時代の画家 英一蝶の「涅槃図」。2.9m×1.7mの大作であり、ボストン美術館で最近大々的に修理作業を公開したものである。
偶然別のところで涅槃図の基本様式の説明を見てきたので、そこに集まる人や動物のパターンを理解していたが、英さんは多くの人物、動物をそれぞれ一人または一匹だけで絵になるほど、丁寧に書き分けている。じっと見ているとブリューゲルの絵のように、いろんな発見ができると思う。
なお与謝野蕪村も一枚展示されていて、とても優しさを感じる絵で、好きである。
4.フランス絵画
フランス絵画は、印象派とポスト印象派を中心に19点。有志の数名のコレクターからの寄贈が中心のためか、作家が偏っている。モネ、ミレー、ゴッホが複数点来ている。その他にもセザンヌやドガ。
この中で私が好きなのは、モネの「ヒナゲシ」。 周りから少し低いところに沿ってヒナゲシの赤が絨毯のように広がっている。かつて子供の頃山歩きしていて、林から抜けた時、こんな花畑があったなと、懐かしくなった。
そしてこれが今回の大目玉のゴッホ作ルーラン夫妻。MFAでもこの夫妻は展示の目玉になっているが、旦那さんのほうは違うバージョンになっている。(ゴッホはこの夫妻については何枚も書いているようだ。)
・郵便配達人 ジョセフ・ルーラン 制作 1888年
・子守唄 ゆりかごを揺らすオーギュスティーヌ・ルーラン夫人 制作 1889年
旦那さんのほうは、見たものそのままを書こうとしている。顔よりも手のほうが魅力的な表情をしていて、こちらへニュッと伸びてきそうである。
それに対して夫人のほうは、背景を書き込んだこともあるが全体として装飾的であり、対象の心の中まで深堀しようとしている。そして自分の気持ちもそこに乗せようとしている。この作品はアルルに移って、亡くなる前の2年に描かれたものだが、1年で絵を描く取組姿勢がガラッと変わったことをうかがわせる。
5.アメリカ絵画
かつて大学の頃、美術館をデートの場としていた。そしてかっこつけるためにオキーフやポロック等のアメリカ現代作家の勉強をしていた。
また会社へ入ってからの出張先がアメリカだったため、アメリカの美術館によく行っていた。そこで認識したのはアメリカの新世界としての意識を高め、またヨーロッパにない情景を描こうとする、新鮮な輝きを持った風景画が多いこと、またヨーロッパの伝統を引き継ぐとともに新しいパターンの成功をした記録を残すという肖像画が多いことに気が付いた。
今回はその3者がそれぞれ展示されている。全体で12点、オキーフが2点もある。
まず風景画。
フィッツ・ヘンリー・レーン 《ニューヨーク港》
新興国としてエネルギーに満ち溢れた19世紀のニューヨーク港を、主部分を逆光、周辺を順光にして、非常に写実的に描いている。このちょっと過剰な写実がアメリカの風景画の魅力である。大型帆船の周りには、小型の蒸気船のタグボートも走っている。
そして肖像画。
ジョン・シンガー・サージェント 《フィスク・ウォレン夫人(グレッチェン・オズグッド)と娘レイチェル》
向こうの美術館を見ていると、肖像画も最初は西欧の技法の輸入だったが、時代が下るにしたがって、アメリカ独自の技法に代わっていく。対象の身分制度が違うこともあっただろう。
これは、ボストンの経済的に成功した家庭の奥さんと娘。ヨーロッパ貴族の肖像画とは全然異なる。特に娘のヤンキー的雰囲気には楽しくなってしまう。
ジョージア・オキーフ。確か大阪万博の時に展示された牛の骨の絵に、持っていかれてしまった。具象と抽象の中間くらいの絵を描く。とても静けさが漂う厳粛な作品が多い。ここでは ジョージア・オキーフ 《グレーの上のカラ・リリー》
青灰色のカーテン状の背景に、べたりと塗られた白いリリーが人の顔にも、また背景から浮かび上がった精霊にも見える。 じっと立ち止まって見ていると自分の気持ちを反射しはじめるだろう。
6.版画・写真
アメリカの美術館ではでは、版画そして写真が重視されている。そして最近の動画も展示がなされているところがある。このブロックはそれらが展示されている。10点が展示されている。この分野は、もう少し知識の整理が必要なので省略するが、アンセール・アダムズなどの写真、そして食べ物が腐敗していく過程を映し出した動画が気に入った。
7.現代美術
ウォーホルやワイリー、村上隆などが6点展示されている。この分野は各美術館でコンセプトが安定していず、今後が面白い分野である。
ここではやはり村上隆。村上隆《If the Double Helix Wakes Up...》
カラーバランスや曲線、書き込んだものの意味を考えると、涅槃図や曼荼羅につながっていくのかもしれない。とても頭がいい人でこの中に世界を構築しているのを感じます。
今回の展示会では、作品の展示よりもむしろボストン美術館を支えるコレクター、寄付者などを強調し、有志により設立された公立でないボストン美術館の活動を、自信をもってアピールしていた。
たぶん、今度閉鎖される名古屋ボストン美術館の周辺に対して、また日本の美術館活動に対して彼等の主張をしたのだと思われる。名古屋ボストン美術館の閉鎖理由は、ボストン美術館からの作品貸し出しに関わる契約金額が大きく、契約者である名古屋財界の援助金額が想定よりもかさみすぎたこと、希望の作品が貸し出されなかったこと、ボストン美術館の作品以外の展示に制約をつけられたこと、客足が伸びなかったことなどが挙げられている。
ボストン美術館側からすれば、名古屋財界側に本当に美術を愛する人がいない、もしくは一般の人に美術品を見てもらうことに喜びを純粋に感じる人がいない、すなわち美術後進国と感じ、美術品を貸し出しても大事にしてくれるかわからないということで、厳しい契約になったのではないだろうか。
私としては、時々通っていた美術館が減ってしまうのは、とても残念である。
惹句:東西の名品 珠玉のコレクション
場所:名古屋ボストン美術館
会期:2018.2.18-7.1
訪問日:3月24日
名古屋ボストン美術館は、今年の秋でアメリカのボストン美術館との契約が終了し、閉鎖される。そのためまずこの展覧会、そして7月24日から「ハピネス」という表題の展覧会で有終の美を飾ろうとしている。
この展示会は東京、神戸を回って人気だったようですが、確かに内容は充実していました。向こうのHPを見ても、彼らが目玉にしている作品をそれなりに送り込んでいました。
構成は、以下のようになっている。
1.古代エジプト美術
2.中国美術
3.日本美術
4.フランス絵画
5.アメリカ絵画
6.版画・写真
7.現代美術
この内容は、ボストン美術館そのものの構成に沿ったものであり、アメリカの大きな美術館も、こんな構成になっている。ただしボストン美術館のHPを見てちょっと興味を持ったのは楽器のコレクションを持っていることで、出来れば一度ボストンに行ってみたいと思った。
1.古代エジプト美術
ボストン在住のコレクターの寄付とともに、自らハーバード大学との共同発掘調査団を送り込んで美術品を収集しており、ボストン美術館(MFA)は自信を持っている分野である。
ここには11点が展示されているが、その中に私の気に入った2点のアラバスターの作品があった。
一点は目玉となっているメンカウラー王の像。ギザの第3ピラミッドの主だが、白い光沢に威厳を感じる。(下記の左) そして生贄の足を縛られた鹿。(下記の右) 哀れに鳴いている姿がとてもリアルである。
2.中国美術
これの蒐集の始まりは日本の岡倉天心等によると書かれていた。日本国内にあったもの、そして岡倉等が清の崩壊時に中国で集めたものを、日本にいたボストン人が購入することで米国へと作品が移転されている。日本も廃仏棄釈で混乱していたから、いわば火事場泥棒的に優品が太平洋を渡ったようなものである。
ここで展示されたものは6点。どれも素晴らしい。
紹介するのは2点、まず1点目は「九龍図」。長さ10mの絵巻物で、若い龍から高齢となった龍までの、9種のシーンが描かれている。日本の龍の表情と違うのが面白い。また波の流れの曲線の並行や、雲のきれいな渦巻きなど丁寧な仕事がなされている。
もう一つは、大徳寺からフエノロサが購入した羅漢図。羅漢のそれぞれの表情が素晴らしく、米国で中国美術への興味が一気に高まったというのがよくわかる。
3.日本美術
今回は 当然ながらこれが全体のメイン。作品は14点。
喜多川歌麿の三味線を弾く女性なども魅力的だが、やはり私にとって最も魅力的なのは曽我蕭白。この人も伊藤若冲と同様に奇想の画家とされ、海外から人気に火がついている。2点あり、ともに素晴らしいが紹介するのは、風仙図屏風。
左側の渦は龍を意味するのだそうだが、そんなものを描くよりもこのど太い黒の渦のほうが、本当に風を感じる。そして吹き飛ばされた従者2人に対して、髪や髭を流しながらもスキなくしっかりと立っている武者の迫力。ダイナミックで人気が出るのもわかる。
もう一枚は今回の目玉、江戸時代の画家 英一蝶の「涅槃図」。2.9m×1.7mの大作であり、ボストン美術館で最近大々的に修理作業を公開したものである。
偶然別のところで涅槃図の基本様式の説明を見てきたので、そこに集まる人や動物のパターンを理解していたが、英さんは多くの人物、動物をそれぞれ一人または一匹だけで絵になるほど、丁寧に書き分けている。じっと見ているとブリューゲルの絵のように、いろんな発見ができると思う。
なお与謝野蕪村も一枚展示されていて、とても優しさを感じる絵で、好きである。
4.フランス絵画
フランス絵画は、印象派とポスト印象派を中心に19点。有志の数名のコレクターからの寄贈が中心のためか、作家が偏っている。モネ、ミレー、ゴッホが複数点来ている。その他にもセザンヌやドガ。
この中で私が好きなのは、モネの「ヒナゲシ」。 周りから少し低いところに沿ってヒナゲシの赤が絨毯のように広がっている。かつて子供の頃山歩きしていて、林から抜けた時、こんな花畑があったなと、懐かしくなった。
そしてこれが今回の大目玉のゴッホ作ルーラン夫妻。MFAでもこの夫妻は展示の目玉になっているが、旦那さんのほうは違うバージョンになっている。(ゴッホはこの夫妻については何枚も書いているようだ。)
・郵便配達人 ジョセフ・ルーラン 制作 1888年
・子守唄 ゆりかごを揺らすオーギュスティーヌ・ルーラン夫人 制作 1889年
旦那さんのほうは、見たものそのままを書こうとしている。顔よりも手のほうが魅力的な表情をしていて、こちらへニュッと伸びてきそうである。
それに対して夫人のほうは、背景を書き込んだこともあるが全体として装飾的であり、対象の心の中まで深堀しようとしている。そして自分の気持ちもそこに乗せようとしている。この作品はアルルに移って、亡くなる前の2年に描かれたものだが、1年で絵を描く取組姿勢がガラッと変わったことをうかがわせる。
5.アメリカ絵画
かつて大学の頃、美術館をデートの場としていた。そしてかっこつけるためにオキーフやポロック等のアメリカ現代作家の勉強をしていた。
また会社へ入ってからの出張先がアメリカだったため、アメリカの美術館によく行っていた。そこで認識したのはアメリカの新世界としての意識を高め、またヨーロッパにない情景を描こうとする、新鮮な輝きを持った風景画が多いこと、またヨーロッパの伝統を引き継ぐとともに新しいパターンの成功をした記録を残すという肖像画が多いことに気が付いた。
今回はその3者がそれぞれ展示されている。全体で12点、オキーフが2点もある。
まず風景画。
フィッツ・ヘンリー・レーン 《ニューヨーク港》
新興国としてエネルギーに満ち溢れた19世紀のニューヨーク港を、主部分を逆光、周辺を順光にして、非常に写実的に描いている。このちょっと過剰な写実がアメリカの風景画の魅力である。大型帆船の周りには、小型の蒸気船のタグボートも走っている。
そして肖像画。
ジョン・シンガー・サージェント 《フィスク・ウォレン夫人(グレッチェン・オズグッド)と娘レイチェル》
向こうの美術館を見ていると、肖像画も最初は西欧の技法の輸入だったが、時代が下るにしたがって、アメリカ独自の技法に代わっていく。対象の身分制度が違うこともあっただろう。
これは、ボストンの経済的に成功した家庭の奥さんと娘。ヨーロッパ貴族の肖像画とは全然異なる。特に娘のヤンキー的雰囲気には楽しくなってしまう。
ジョージア・オキーフ。確か大阪万博の時に展示された牛の骨の絵に、持っていかれてしまった。具象と抽象の中間くらいの絵を描く。とても静けさが漂う厳粛な作品が多い。ここでは ジョージア・オキーフ 《グレーの上のカラ・リリー》
青灰色のカーテン状の背景に、べたりと塗られた白いリリーが人の顔にも、また背景から浮かび上がった精霊にも見える。 じっと立ち止まって見ていると自分の気持ちを反射しはじめるだろう。
6.版画・写真
アメリカの美術館ではでは、版画そして写真が重視されている。そして最近の動画も展示がなされているところがある。このブロックはそれらが展示されている。10点が展示されている。この分野は、もう少し知識の整理が必要なので省略するが、アンセール・アダムズなどの写真、そして食べ物が腐敗していく過程を映し出した動画が気に入った。
7.現代美術
ウォーホルやワイリー、村上隆などが6点展示されている。この分野は各美術館でコンセプトが安定していず、今後が面白い分野である。
ここではやはり村上隆。村上隆《If the Double Helix Wakes Up...》
カラーバランスや曲線、書き込んだものの意味を考えると、涅槃図や曼荼羅につながっていくのかもしれない。とても頭がいい人でこの中に世界を構築しているのを感じます。
今回の展示会では、作品の展示よりもむしろボストン美術館を支えるコレクター、寄付者などを強調し、有志により設立された公立でないボストン美術館の活動を、自信をもってアピールしていた。
たぶん、今度閉鎖される名古屋ボストン美術館の周辺に対して、また日本の美術館活動に対して彼等の主張をしたのだと思われる。名古屋ボストン美術館の閉鎖理由は、ボストン美術館からの作品貸し出しに関わる契約金額が大きく、契約者である名古屋財界の援助金額が想定よりもかさみすぎたこと、希望の作品が貸し出されなかったこと、ボストン美術館の作品以外の展示に制約をつけられたこと、客足が伸びなかったことなどが挙げられている。
ボストン美術館側からすれば、名古屋財界側に本当に美術を愛する人がいない、もしくは一般の人に美術品を見てもらうことに喜びを純粋に感じる人がいない、すなわち美術後進国と感じ、美術品を貸し出しても大事にしてくれるかわからないということで、厳しい契約になったのではないだろうか。
私としては、時々通っていた美術館が減ってしまうのは、とても残念である。