2007年、夕張メロンで有名な夕張市が事実上の財政破綻をした。夕張市は、最盛期にはおよそ12万人も住む炭鉱の町であったが、令和4年6月末の人口は、実に1/20の6千人である。
石炭から石油へのエネルギーシフトにより人口が減少し、この流れが止まる気配はなく、65歳以上の高齢化率は50%超と市の中では全国一番である。3年前、鈴木直道北海道知事(当時、夕張市長)の講演を帯広畜産大学で聞いてきたが、その時に夕張市長は、「30年後の東京は、今の夕張市と同じになっているかも知れない」と語っていた。
夕張市ほどの人口減少は予想されていないが、夕張市のように財政がたちいかなくなる自治体が続出するだろう。日本の人口減少は始まったばかりで、これから本格化するので、価値観を変えなければいけないと思っている。
日本のエネルギーは昭和30年代まで石炭で、釧路にも30カ所以上の炭鉱があった。12年前、昭和45年(1970年)に閉山した阿寒湖に近い雄別炭鉱の跡地を見にいって驚いた。そこには人が住んでおらずゴーストタウン化し、今から50年前に1万5千人が住んでいた町とは思えなかったのである。
日本の高度経済成長期は、1950年代から1970年代であるが、この間、自動車産業や化学産業などが大きく発展を遂げた。一方で衰退産業も多くあったが、その中に石炭産業があり、参考までに炭鉱町の最盛期の人口と最近の人口の減少率をみてみよう。
【夕張炭田】
・夕張市:12万人から6千人(約1/20)
【筑豊炭田】
・田川市:10万人から5万人(1/2)、飯塚市:20万人から2.6万人(1/8)
北海道は、戦後まもなく樺太などからの引揚者が多く、東京ではなく国内で一番の人口を占めていた県であったが、現在は約520万人。30年後には、過疎化で約2割減少の400万人が予想されている。
ところで、釧路市の人口は、昨年末で帯広市の人口と逆転し、北海道で6番目の市に転落したそうだ。釧路は、昭和44年(1969年)から9年間も水揚げ量日本一を記録した漁業の町であったが、地球温暖化で漁獲量が減少し魚種も変わってきた。
以前、サンマは獲れすぎるほどの魚だったが、今は海流の変化などにより全く獲れず、サケの水揚げも年々減少しているそうである。このように地球温暖化の影響ははかり知れないが、ある大学教授によれば、地球温暖化で“北極海航路”が通年にわたって通行可能になり、釧路がヨーロッパとの物流拠点になる可能性があると語っていた。
「十勝の活性化を考える会」会員
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