また、あの日のように戻り寒波の冷たい一日でした。
何度めぐり来ても、3月11日という日は特別な一日です。
午後2時46分、北東の方角に黙祷。
今日という日が2011年3月11日から、ずっと地続きの日常の繰り返しなら、
野辺に咲く、ありふれた花を手向けよう。
しばれる寒さの一日でも、雲間からやさしい陽射しの差すことだってある。
という動画があります。
動画に掲載されている画像は、震災の時に撮られた強く心を打つものばかりです。
その一枚、一枚の写真から、あの日の声なき声が聴こえて来ます。
とても優れた内容だと思います。
ただ遺体も一部含まれています。
動画閲覧の前に御注意ください。
こんな寒い頃だったのだな~ 悲しいです~
実は、私も行ったんです。
被災地のまっただ中を通る、45号線沿線には、人の気配すらありません。
建物の敷地跡のブロック、落ちた線路など、まだ撤去されてない頃で、工事車両ばかりが走っていました。
陸前高田の宿で、人の姿をみただけで、他では人の姿は見ることがありませんでした。
宿の宿泊者は、工事関係者か、ボランテアさん・・・
黙々と食事をし、部屋に消えていき、声を聞くこともありませんでした。
あの方達や、うつろな宿の方達に、笑顔は返っただろうかと思いつつテレビをみています。
今日は特別な一日なので、こちらの記事の方に、松ぼっくりさんのコメントを貼らせてもらいました。
2011年3月11日は、1945年8月15日と共に、私たちが決して忘れてはいけない日だと思っています。
松ぼっくりさんも東北の被災地を訪ねられたのですね。
私も三年目の再訪の夏、三陸海岸から福島まで南下出来なかったことが残念です。
言いたいことは山ほどあるけど我慢して、
今日という一日は、テレビから流れる被災地の4年目の現状を観て過ごします。