Landscape diary ランスケ・ ダイアリー

ランドスケープ ・ダイアリー。
山の風景、野の風景、街の風景そして心象風景…
視線の先にあるの風景の記憶を綴ります。

超高齢化社会のゆくえ/「歌うクジラ」上下・「ハーモニー」

2011-02-05 | 
 母の死んだ翌朝、新聞にたくさんの死亡告知が並んだ。
 そして、その7割以上が90歳を超える年齢だったのには驚かされた。

 日本は有史以来、未曽有の超高齢化社会を迎えているという。
 福祉先進国である北欧を始め世界各国から高齢化会のモデルケースとして
 注目されているらしい。
 さらに細胞を初期化させるというIPS細胞等の発見応用による
 再生医療という現代の錬金術が、益々死なない身体を助長する。
 そしてメディアに溢れる、何時までも若々しい50代60代のエイジレスな女性たちの存在。
 文明発祥の頃から繁栄を謳歌した絶対権力者が渇望した「不老不死」という
 見果てぬ夢が、もう現実的な感触を持ち始めている。


 昨年末に出た村上龍の新刊、「歌うクジラ」上下(講談社)と
 ゼロ年代最も注目される作家、伊藤計劃の遺作、「ハーモニー」(ハヤカワ文庫)を読んだ。
 ともに不老不死を実現した近未来の世界を描く。


 「歌うクジラ」上下/村上龍。

 2022年のクリスマスイブにハワイ、マウイ島沖の海底付近で、
 グレゴリオ聖歌の第2旋法の中の一つの旋律を正確に繰り返し歌うザトウクジラを発見。
 ザトウクジラの皮膚組織と血液を採取して分析した結果、
 信じがたいことにクジラの推定年齢は、最低でも1400歳であることが判明。

 クジラは生命時計と呼ばれる老化につながるテロメア遺伝子を修復するテロメーゼ
 という酵素を多量に分泌していた。
 そして研究の結果、singing whaleと呼ばれる不老不死の遺伝子を人類は獲得。

 さて物語は、失われた敬語を喋る少年アキラの、
 黄泉の国をめぐるオイディプス王の遍歴のような昏い旅の過程を綴る。

 そして不老不死の実際は、克服できない褥瘡(床ずれ)による壊疽で四肢を失い、
 無重力の宇宙空間で半永久的に生き続けるおぞましい姿。
 村上龍の描き上げた近未来のディストピア(反ユートピア)世界は、
 目前に迫った超高齢化社会のゾワリとした不気味な手触りを露見させる。


 「ハーモニー」/伊藤計劃。

 9・11以降、世界を席巻する暴力と生体反応をデジタル化した究極のセキュリティ
 との鬩ぎ合いを描いた傑作、「虐殺器官」のその後を創造したのが本作。

 人類は圧倒的な暴力による荒廃の後、超高度医療福祉社会を築きあげる。
 身体にWatchMeというソフトウェアをインストールし、
 個人用医療薬精製システムと連動することで「誰も病気で死ぬことのない世界」を実現。
 完璧な調和を保たれた理想郷(ユートピア)を思わせる。
 そんな穏やかな世界を実現しても、自殺者は増え続ける…

 身体をテクノロジー化してコントロール出来ても、
 「意志」という脳内活動は制御できない。
 ままならない「意志」という厄介な存在を消去しても、
 生命活動に支障がないのではないか?
 アンファンテリブルな少女たちが世界の秩序を変える。

 私たちはリアルな感触を持って、目の前の超高齢化社会を直視することになる。
 90~100歳まで生きることが当たり前の、途方も無い現実が目前に横たわっている。

 
 
歌うクジラ 上
村上 龍
講談社

 
歌うクジラ 下
村上 龍
講談社

 
ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)
伊藤 計劃
早川書房


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2 コメント

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自然体 (misa)
2011-02-06 23:52:33
活字に弱い私ですが、
今回はググッと引き寄せられました

両親は無論私自身いずれ迎える「死」
ふと、鏡の中の自分を見てシワを引っ張り上げて
「若いころの肌に戻りたい」とバカを申します

ですが、医学などの進歩により不老不死の身体を手に入れたとしても、それは健全な心の宿るものではないと言うことなのでしょうか?

ちょっと違いますが、
寺島しのぶ主演の「キャタピラー」も考えさせられた作品です

時々、運転手をかってくれた友人が先日の天狗を最後に山行を断念・・
私も一区切りついたかなと、それこそじっくり苦手な活字と向き合うのも良いかもと
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一区切り (ランスケ)
2011-02-07 01:05:04
今日、母の四十九日法要と納骨を終えました。
やっぱり母の遺骨を墓所へ納めると、
一区切りついたという気持ちになりました。

misaさん、コメントありがとうございます。
細胞が初期化させるということは、
赤ちゃんのような瑞々しい肌を取り戻すことも可能なはず。
女性にとっては福音のようなお話ですね(笑)
唯、IPS細胞にはガン化のリスクがあるようです。
実用化にはまだ、これから克服されなければならない課題も多そうです。

私が3冊の本を読んで感じたのは、90歳や100歳になっても、
いつまでも生かされ続ける、時間の長さです。
父母を見送り、もう充分に生きたという思いがあります。

そして今読んでいるのが、
詩人の伊藤比呂美が書いた「読み解き般若心経」と「自然死への道」。
むやみに長生きさせられるのは御免です。
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