宮古に住む実弟より次のような話を聞いた。山口川という閉伊川の支流がある。山口川は旧山口川と河川氾濫防止するための放水路がある。今はこの放水路が山口川と呼ばれているが,この山口川には大きな土堤がある。高さが高いところで5m以上ある。この山口川は津波の際,あとわずか15cmで市内に水が入り込むところであったという。また,アイオン台風の被害によって,閉伊川は河川改修され河川敷が拡張され大きな土堤が作られた。その結果,閉伊川は決壊せず土堤下の南町は被害がなかった。今回危険であった場所は,土堤がなく河川敷に余裕が無い場所である。
津波が来ても水を逃がす区域があることである程度被害を食い止めることが可能である。自然に対抗するのではなく,自然の力をうまく利用すること。コンクリート防波堤を作ればそれでいいということではない。水の流れる自然の性質を知りながら都市計画を作ることだろう。
津波が来ても水を逃がす区域があることである程度被害を食い止めることが可能である。自然に対抗するのではなく,自然の力をうまく利用すること。コンクリート防波堤を作ればそれでいいということではない。水の流れる自然の性質を知りながら都市計画を作ることだろう。
山口川
このことを他の地域に当てはめると,確かに田老,山田,大槌は大きな河川と河川敷がない。また,山田,大槌は土堤が貧弱であり,空洞の防潮堤がごろごろしている。大槌小学校の子供らによると小鎚川の土堤をホットプレートで作るたこ焼きのようにあふれてきた。と語っていた。石巻の大川小学校も北上川の河川敷の決壊による被害という。
1 河川敷を利用した水の逃げ場を作る。
2 防潮堤は,土堤でつくる。
昔ながらの知恵を生かした津波との共存である。
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