草むしり作「わらじ猫」後6
大奥のお局さま6(一心堂誕生秘話②)
目黒でも驚くほど鼠捕りの上手な猫がおります。獲物はもっぱら藁(わら)小積(こづみ)の中に巣くった野鼠や、落穂をついばむ雀(すずめ)などでございますが、しかしその腕前はタマを彷彿させるものでございます。ぜひ一度目黒にも足をお運び下さい。大奥様の文はそう結んであった。
大久保屋の大奥様が目黒に行かれてから、かれこれ半年近くになる。京に修行に出ていた大奥様の孫に当る若旦那が、奥様の仕事を引き継いだ。そのおかげでやっと奥様が、奥のことを取り仕切るようになり、大奥様もやっと目黒に行くことができたのだ。
それでもやはり「大久保屋の大奥様」と慕われただけの人だ、目黒でも大奥様を慕って多くの人が集まるようだ。この頃では近隣の農家の娘たちを集めて、行儀作法を教えていると聞いた。
鈴乃屋は読み終えた文を懐に入れると、魚屋の持ってきた丸いあられのような猫の餌を手に取って、明かりにかざした匂いをかいだりしていた。しばらくそうしていたが、何を思ったのかそれを口にポイと放り込んだ。ポリポリとかみ締めながら、二個三個と続けさまに口に入れていった。
「鮪の腹の部分の脂身と米糠(こめぬか)で練り上げているね。青いのは葉物野菜で黄色いのはかぼちゃと芋かい。よく考えたものだね、なかなか旨いじゃないか。うーんもう少し固くしたほうがいいようだな。猫はカリカリした歯ごたえが好きだからね。」
鈴乃屋の足元には商売物の猫たちがゾロゾロと集まりって来た。
「今度は犬の餌も作ってみないかい。なに犬はこんなに旨くしなくっていいよ、奴ら猫ほど舌は肥えていないからね。もう少し糠を多めにして魚の骨も砕いて入れておくれ」
鈴乃屋は持っていた餌を、皿に入れてやった。猫たちは旨そうに食いはじめた。
「うニャー、うニャー」
猫たちは餌をほお張ったまま、鳴きだした。
その後太助が本格的に犬猫の餌を作るようになるまでには、そう大して時間はかからなかった。幕府ご用達商人鈴乃屋善右衛門の後ろ盾もさることながら、やはり天下泰平のご時勢のおかげなのだろうか、当初思っていたよりも客がついた。その上毛並みが良くなっただの、糞の始末が楽になっただの評判も上々だった。長屋の片隅で細々とはじめた商売だったが、今では表通りに店を出すまでになった。それを機に名前も「一心堂」と改めた。
そして今日、大奥お抱えの生き物医師鈴乃屋善右衛門の弟子として、大奥に入ることになった。