草むしり作「ヨモちゃんと僕」前16
(春)春ってなぁに⓶
お母さんが朝ごはんを作っています。昨日は朝から一日中雨が降り、今朝はいつもと比べて暖かです。炊飯器から湯気が出てきて、ご飯の炊ける甘い匂いがしてきました。味噌汁のだしの匂いを嗅ぎつけて、ヨモちゃんが二階から降りてきました。
ヨモちゃんはこのごろずっと二階で過ごすようになりました。二階には子ども部屋があり、学習机が二つと二段ベッドが置かれています。ベッドの上段がヨモちゃんの寝床になっています。子ども部屋といっても今は誰も居ない空き部屋なのですが。
「フサオも食べる」
お皿の前に座ってご飯を待っていたら、お母さんが言いました。
「ああ、フサオは煮干し食べなかったわね」
僕が煮干しを嫌いなことを知っているくせに。お母さんはヨモちゃんのお皿に煮干しを一匹入れると、またお味噌汁を作り始めました。ヨモちゃんは煮干をくわえてお父さんの椅子の上に飛び乗り、バリバリと頭から食べています。
自分の分とヨモちゃんの残したカリカリを食べ終え、僕がいつものようにストーブの前に陣取っていると、お父さんが起きてきました。
「なんだ、フサオまだそんなことに居るのか。今朝は暖かいからストーブ点いてないだろう」
「お父さん、缶詰開けて」
僕はお父さんの足元で缶詰をおねだりしました。
「おやフサオ、いつの間にかおひげがまっすぐになっているね。クリンクリンのおひげはどうしたンだい」
そういえば昨日、お仏壇に上がってお茶を飲んでいたら、誰かにひげを引っ張られて、ロウソク立てを倒しそうになりました。その時はまんまんさんが引っぱったと思ったのですが、きっとあの時に抜けたのかな。
「カリカリでもいいよ」
いくら待っても何にもくれないので、僕は諦めてストーブの前に座りました。
「あれ、ストーブに火が点いていない」
僕はストーブに火が点いていないのに気がつきました。
「どうして今日は火が点いていなのだろう」
「やっと気づいたかい、フサオ。ストーブなんて点いてなくても暖かいでしょう。もう春だから」
僕は火の点いていないストーブを覗き込み見ながら、春ってなんのことだろうと思いました。
「ちょっと、裏の竹林に行ってくるよ。今朝は暖かいから、もしかしたら出ているかもしれない」
お父さんはこの頃毎日のように、竹林に行きます。家のすぐ裏には竹の林が広がっていて、毎年春になると筍という竹の子どもが生えてくるそうです。筍はお父さんの大好物だそうです。毎日竹林に行くのは、筍が生えていないか確かめるためです。お父さんは誰よりも早く筍を見つけることを生きがいにしています。ところがここ数年、イノシシが筍を食い荒らすようになってしまい、下手をすると人間の口に入らなくなってしまうこともあるそうです。
今年はまだ雪がちらつく頃から、筍を掘り荒らされてしまいました。「地面の下はもう春なンだ」などとのん気なことを言いながらも、お父さんは悔しくて仕方なかったのでしょう。すぐにホームセンターに行って、イノシシ除けのネットをたくさん買って来ました。それから一人で竹林の周りに張り巡らしました。
お父さんはよっぽど筍が好きなのか、それともイノシシに荒らされるのが我慢できないだけなのでしょうか。広い竹林の周りにネットを張り終わった頃には、夕方になっていました。
「どうだいフサオ、すごいだろう。イノシシだってこれならお手上げだよ」
お父さんは張り終わったネットを見ながら、自慢げに言ました。
日が傾き始めたとたん急に寒くなり、網張りの途中で脱いだ上着を羽織って帰る支度を始めました。
「さて、帰って一風呂浴びようか」
お父さんは片手でネットをたくし上げ、その下をくぐって外に出ようとしました。ところが外したままになっていた袖口のボタンが、ネットに絡まってしまいました。かなり疲れていたのでしょう。ネットを片手で持ったまま、もう片方の手でボタンに絡まった所を外そうとしたものだからさあ大変。手に持っていたネットがまたまたボタンに絡まり、それでも何とか外そうするのですが……。
外そうとすればするほど、ますますネットは絡まりついてしまいます。
「あらマー。大きなイノシシが捕れたこと」
お母さんがヨモちゃんと一緒にやって来た時には、お父さんは全身ネットに絡まって竹林の入り口に倒れていました。
「ヨモギ、お母さん呼んできてくれたのかい」
「お父さん、かわいそう」
倒れているお父さんの顔に、ヨモちゃんは自分の鼻先をチョンとくっつけました。