
瀬田唐橋を見た後、「次はどこ?」って話になった。
気になったは、唐橋に来るまでに見かけた“たにし飴”の看板を掲げたお店。
そのお店まで戻ってみると、“建部大社”という立派な神社に到着した。
@建部大社
近江一之宮「建部大社」は、景行天皇四十六年日本武尊の妃、布多遅比売命(ふたじひめのみこと)が、近江神崎郡建部郷に日本武尊の神霊を祀ったのがはじまりといわれ、そののち、天武天皇白鳳四年4月に日本武尊の子孫、建部公安麿(たけべのきみやすまろ)が国司の命により、近江国府がおかれていた瀬田の地の大野山に社殿を造営しました。
さらに天平勝宝七年(755)には山麓の神領に移り、近江一之宮といわれるようになり、貞応二年に現在の地に移りましたが、その時、拝殿前の三本杉は、一夜のうちに生えたといわれ、ここの神紋になっています。
瀬田唐橋同様、ここも交通の要所となっているところなので兵火にもあっています。江戸時代には、膳所藩から二十石の領地が保障され、境内は東西六十四間(約116m)、南北三十四間(約61m)で、宮山四町が年貢免除の特権を与えられた除地となっていました。
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