「わたしは主を待ち望みます、わが魂は待ち望みます。そのみ言葉によって、わたしは望みをいだきます」。詩篇130:5
人は常に望みを持たないと生きることができません。そのため、人はどんなに小さなことであっても、それに期待し、その成り行きに望みをかけ
ますが、失望に終わります。神様に期待し、その約束の言葉に信頼するなら、決して失望することがありません。相手は出来ない事のない全能の神
です。(KE)
人は常に望みを持たないと生きることができません。そのため、人はどんなに小さなことであっても、それに期待し、その成り行きに望みをかけ
ますが、失望に終わります。神様に期待し、その約束の言葉に信頼するなら、決して失望することがありません。相手は出来ない事のない全能の神
です。(KE)
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遺体置き場
6時間たってイエス様は息を引き取られました。その間には「父よ彼らを赦したまえ。彼らは今なにをしてるのか解らないのです。」と天の父に祈られました。苦しさを超え自分を殺す人々の赦し祈られたのです。何という愛でしょう。我々の侵す罪の赦しの為に、罪のないイエスは我々が十字架に貼られなければならないのに、変わりに十字架で死んで下さったのです。そこに愛があるのです。そしてイエスを信じた信仰者は天の永遠の命を与えると約束の契約をして下さったのです。
愛は自分を犠牲にして人を生かす事です。それ以上の愛はないし、我々はそんな愛を持ち合わせてないのです。
この画像で多くの人は泣きに行かれます。私も泣きたかったけど、寄り付かれないです。まあ同じ旅行グループの人が泣いてられる。色んな民族の人と一緒に。