第四部 Generalist in 古都編

Generalist大学教員.湘南、城東、マヒドン、出雲、Harvard、Michiganを経て現在古都で奮闘中

ベテラン医師にも役に立つ診断学のウラ側の話

2018-09-10 22:51:19 | 診断エラー学

みなさまこんにちわ

今日は全三部作の診断エラー学入門の記事を日経メディカルさんに発表してもらいましたので、こちらの方にも転載させていただきます。

 

研修医の先生方はもう半年以上は医療の激流にのまれて、映画コードブルーも「真っ青」のいろいろなリアルなドラマを経験されたと思います。良くも悪くも自分もそうでした。前回の「ヤバイ指導医に出会ったら」では研修医に対してメッセージを書いたつもりだったのですが、意外や意外! このコーナーはなんとベテラン指導医の先生方も、お読みになってくださっているとのこと。ありがたいことです(諸先輩方、感謝の極みです!)。そこで3回にわたって、研修医だけでなく、ベテラン医師にも必ず役に立つ診断学のウラ側の話をします。

恐らく臨床の経験値を積めば積むほど、いかに効率よく、的確に最小限の検査で診断できるかについて学びたいという気持ちが強くなると思います。しかし、これはいわば、光の当たるカッコイイ部分、「オモテ側の診断学」を学んでいたにすぎません。あまり着目されてこなかったのですが、実は臨床医としての真の成長のためには反対側の、あまりカッコ良くない「ウラ側の診断学」がより重要なのです。なぜかって? それは、一流スポーツ選手はみな自分のできなかった理由を深く考えて修正に取り組むそうですよ。診断も同じです。診断は適当に行うものではなくて、うまくいかないときにどう修正したら良いのかを考え抜く闘いであると感じています。

Dual process modelに基づいた診断プロセス

これまで、数ある疾患が想定される中で、医師がどのように的確に診断をつけていくのかを言語化することは難しかったのです。そのために、自分では病因の見当もつかなかった患者さんを、指導医が一瞬で診断して行く姿は、まるで神様のように見えたものでした。しかし、昨今の認知脳科学の研究によって医師の推論過程が注目されるようになってきました。その主軸となったのがDual process modelと呼ばれる思考過程です。これは2002年にダニエル・カーネマンが応用してノーベル経済学賞の受賞に結びついた「Thinking, Fast and Slow」の考え方で1)、現在、我々臨床医が診断を行う過程にも応用されています。



Dual process modelに基づいた医師の診断のプロセスを図1に示します。これは、速い思考のSystem 1=直観(感)的診断(Intuitive process)と遅い思考のSystem 2=分析的診断(Analytical process)がお互いに相補的かつ必要に応じて時に意識的、時に無意識的に切り替えが行われながら的確な診断に結びついているのではないかと考えられています2)

この速くて直観的なSystem 1診断には、ヒューリスティックス(heuristics)と呼ばれる潜在意識下での判断が関係しています。やや分かりにくいのでヒューリスティックスの日常的な例を挙げてみます。皆様は、目の前に「石原さとみ」の顔をした超絶美人が歩いてきたら0.03秒で気づきますね(個人的趣味でゴメンナサイ)。

 

(イラスト:水まんじゅう)

では、ナゼ「石原さとみ」であると脳が認識したか説明できるでしょうか? 眉毛? 瞳? それともあの特徴的な唇? それらを数値化して説明できますか? できないですよね。

このように、自己の経験した数多くの情報を融合させて、潜在意識下で瞬間的に診断している状態こそが直観的診断(System 1)であるといえます。これを医師の臨床推論に置き換えると、特定の疾患群に精通した専門医やベテラン指導医が持つような瞬間的な診断であり、スナップショット診断であり、また一発診断などと表現されます。非常に効率的かつ芸術的であるだけでなく費用対効果が極めて高いのです。

しかし、このヒューリスティックスを用いた直観的診断(System 1)には、決定的な弱点があります。それは一度認知の歪みが発生してしまうと修正が難しいことと、その時の喜怒哀楽などの感情、忙しさや疲労、環境要因などに強く影響を受けるために判断を誤りやすく、診断エラーにつながりやすいと指摘されています。エラーに至った場合のヒューリスティックスは特別に認知バイアス(Cognition Bias)と呼ばれています3)4)。皆様も診療をやっている以上は、毎日この認知バイアスに多大な影響を受けているはずです。

最近の自分のやってしまった経験では、次のような例があります。慢性的な腰痛症に対してベテラン整形外科医のところで通院治療している高齢女性が、腰痛の増悪で内科を受診しました。どうせまた腰痛であろうとたかをくくっていたところ、実は多発性骨髄腫だったのです。

この診断エラー例を自分なりに解釈すると、こうなります。ベテラン医や専門医の判断であるというエキスパートオピニオンはとても強く信じてしまいやすいですし、誰かが判断した思考過程には無意識で追従しやすくもなります。また、忙しい外来の中でなるべく早めに楽に片付けようとする意識が働いたかもしれませんし、最も想起されやすい診断を安易にしてしまったという面もあるでしょう。これらはみんな認知バイアスであり、皆様が意識することなく必ず毎日身近に遭遇しているものです。

一方で分析的診断(System 2)は意識的に労力を使って分析的に鑑別診断を考える方法で、例えば研修医の皆様が毎日行っているように、教科書やスマートフォンで調べたり、プロブレムリストの列挙、アルゴリズムやフレームワーク(VINDICATEなど)に代表されるように臓器別に考えたりするプロセス、などが含まれます。

一般的には「脳が難しいと感じた時に意識的に推論していく方法」ですので、この分析的診断は信頼性が高く、判断を誤ることや見逃しなどが少なくなることが分かっています。様々な認知バイアスによる影響を受けにくいという最大の長所を持つ反面、とても時間がかかり、無駄な検査が多くなりやすく、最終的にコストがかかるという短所があります。

多くの場合は、経験の少ない初学者、研修医、専門外を想起させる症候などで特に頻用されるはずです。研修医の皆様も、振り返ってみて、上級医の先生に無駄な検査が多すぎる、時間がかかりすぎるなど怒られませんでしたでしょうか?

では、どのようにしたら自分の診断力を高め続けて行けるのでしょうか? 先行研究から、また尊敬するメンター達を数多く観察して来た経験から、私の持論が育まれました。それは、最も大事なことは、うまくいかなった症例からこそ学ぶという姿勢です。臨床では、これがとても重要なのです。

自分の直感や考えと合わなかった時に、どうキャリブレーション(calibration)して補正するか? 実はこれ、臨床医にとっては、診断エラー学に触れることがとても重要だ、と教えているのです4)。診断エラー学とは、エラーを研究し議論する学問で、日本では、私の恩師であり師匠でもある徳田安春先生が普及に努めています。

次回は、この診断エラーの疫学と定義をはじめ、医師が陥る代表的な認知バイアスをどうやって克服するのか、その秘策をお話ししたいと思います。

■参考文献

1) Kahneman, Daniel (2011). Thinking, fast and slow (1st ed.). New York: Farrar, Straus and Giroux.
2) Origins of bias and theory of debiasing. P. Croskerry, G. Singhal, and S. Mamede. BMJ Quality and Safety 22(Suppl 2):ii58–ii64. 2013.
3) Croskerry P, Abbass A, Wu AW. Emotional influences in patient safety. J patient Saf. 2010; 6:199-205. 
4) Croskerry P, Singhal G, Mamede S. Cognitive debiasing 1: origins of bias and theory of debiasing. BMJ Qual Saf. 2013;22 Suppl 2:ii58-ii64.

引用は日経メディカルより

https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/series/rejitop/201809/557578.html