第四部 Generalist in 古都編

Generalist大学教員.湘南、城東、マヒドン、出雲、Harvard、Michiganを経て現在古都で奮闘中

診断エラー学 診断の遅れ・誤り・見逃しを克服しよう

2018-09-19 22:32:54 | 診断エラー学

みなさま、こんにちわ。

今日は日経メディカルさんの診断エラー第二弾目です。せっかくキレイに作成してくださったので、こちらに引用しておきます。

前回は、Dual process modelを例に、臨床医がどのようにして診断を行っているのか、お話しさせていただきました。結論は、臨床医の真の診断能力を上げるには、知識的な勉強だけではなく自分のうまくいかなった症例(診断エラー)からこそ学び続けなければならないということです。今回は、これまで本邦で脚光を浴びることがなかった診断エラー学について解説し、日々の臨床でどのように活用すれば、様々な課題を乗り越えていけるのかについてお話しします。

自らの診断エラーに、まず気づく

「診断エラー学? なんじゃそりゃ」。そうですね。聞き慣れない方も多いと思われます。日本では医療安全の観点から、システムに由来する医療ミスについての対策や検討が盛んに行われてきてきました。しかし、米国では「To error is human:人は必ず間違える」1)がうたわれて以降、この15年でシステムのエラーだけでなく、医師個人による診断エラーの研究が進んできました。お国柄なのか、日本では医師個人の診断エラーに焦点を当てた研究がようやく走り出したにすぎません。

診断エラーは「診断の遅れ、診断の誤り、診断の見逃し」と定義され2)、日本語で使われる誤診という言葉はその一部にすぎません。誤診という言葉が一人歩きして、どうしても、日本語の響きの中にネガティブな印象を持ってしまいがちです。ですが、この診断エラー学は他者を批判して、医師を批判するようなものでは決してないのです。日々の忙しい臨床業務で、必ず起きているはずの自らの診断エラーに、まずは気づき、適切な自己省察を加えることで、次回からの予防につなげ、さらには診断能力を向上させるという極めてポジティブな学問です(好き勝手に言っているだけですが、来年教科書を出版します。皆さん、買ってください)。

プライマリケア領域では最大15%程度の診断エラー

診断エラーについては北米を中心にかなり研究が進んでおり、診断エラーが原因となっていると考えられる社会的損失は極めて大きいことが明らかにされつつあります。米国のある報告では、救急の現場で初診時に10%ほどの診断エラーが起きている可能性が指摘されています。また、限られた医療資源の中で幅広い症状から診断を絞りこむ必要があるプライマリケア領域では、最大15%程度の診断エラーがある可能性が指摘されています。

診断オモシロ話をすれば、現時点での臨床推論における診断精度は、知覚感覚系診断に特化した専門家である病理医、皮膚科医、放射線科医が高いらしく95~98%と考えられているそうです。これは、患者とのコミュニケーションや状況因子などからくる認知バイアスの影響を受けにくく、視覚に依存しているためではないかと予測されています3)4)

さらには、米国全体ではなんと患者約1000人当たり1人に対して命に関わる致命的な診断エラーが発生している可能性があり、結果的に年間4万~12万人が診断エラーによって死亡していると見積もられました5)6)。加えて、診断エラーに関連する医療経済的側面も大きく、米国の先行研究では、診断エラーによる本来不必要な検査や治療のコスト、重症化による入院、後遺症残存や死亡例に伴う損失は年間全国民医療費の約30%を占めている可能性まで示唆されてしまっています。

特に死亡者数は衝撃ですね。2018年4月の時点(IMF2018発表)での米国の人口が3億2千800万人、日本が1億2600万人ですので、極めて単純に米国と日本との診断エラーの発生率が同じぐらいであると仮定すると、日本の場合、診断エラーによって亡くなっている方は年間1.5万~4.5万人くらいであると推測できます。

「いやいや、こちとら医療安全大国ニッポンだぜ、ビバ熟練の日本の医師の診断能力! ガサツな米国人医師と比べたらそんなに多くないはずだ!」とのお叱りの声もあるでしょう。おっしゃる通りです。仮に診断エラーの発生率が米国医師の半分以下であったと仮定すると、我が国では年間1万から2万人の間であるかもしれません。となりますと、最新の警察庁の発表では2017年度の交通事故による死者数が3694人で、僕の父親が生まれた昭和23年以降過去最少ですので、今の時代、運悪く交通事故で亡くなってしまうよりも診断エラーで亡くなってしまう可能性の方が高いといえるのです。

さあ、研修医の先生方、そしてベテラン指導医の先生方。これらの数値をどのように思われましたでしょうか? これらの数字を大きいと捉えるか小さいと捉えるかは、それぞれの先生方が働いている病院や部門のセッティングによって大きく異なります。しかし、診断エラーは、決して運が悪いときだけに起きている不幸な出来事ではないのです。というよりは、臨床業務を頑張れば頑張る人ほど、必ず遭遇しうるとても日常的な出来事なのです。

とはいえ、好き好んでやっている臨床業務から離れるわけにも行かないので、我々ができる最も大事なことは、診断エラーの「原因や理由を知る」、そして「予防策をとる」ということになります。そうです。ここが光の当たりにくい診断学の裏側に当たります。ここからは、診断エラーの原因と認知バイアス、そしてその対策方法についてお話しします。

診断エラーの原因を探る

ここで簡単に診断エラー例を省察してみます。

 研修医2年目A君は土曜日のER日直をしています。1年目研修医の後輩にも教えることが多くなり、ようやく1人でできることも増えてきました。連休なのでERは混雑しており患者さん達も待ち時間が長くイライラしております。混雑していることでベテランナースさんもやや機嫌が悪いように感じます。勤務後は彼女とデートの予定ですが、残りあと20分でシフト交代という時にアルコールで酩酊している55歳の男性が救急搬送されてきました。

正直なところ……異臭も強く吐物(やや黒い)も付着して衣服も少し汚れていたので病歴や身体所見はあまりとらずに採血検査を行ったところ、アミラーゼとリパーゼが著明に上がっていました。昨日のカンファレンスでアミラーゼとリパーゼが両方とも異常に高ければ膵炎の可能性が高いと話題に上っていて膵炎の勉強を自分でもしました。造影CTを施行したところ膵臓は腫大していなかったのですが、大量に腹水があったために「急性膵炎」と診断して内科当直医に引き継ぎ、早々に病院を出ました

週明けに出勤すると、廊下ですれ違った外科の先生から「あの患者さん緊急オペになったから」と伝えられました。冷や汗をかきながら急いでカルテを開いてみると、その後内科の指導医がCTでごくわずかなフリーエアを見付けて外科に相談、十二指腸潰瘍穿孔で緊急手術となっていました。

シフト交代間際に起きた自分の診断エラーは、どうやったら防げたのか? それから1週間、誰にも相談できずに自問自答しました。

診断エラーの原因にはいつくかの分類法がありますが、ここでは先行研究からよく用いられているものを紹介します。

 

医師が陥る診断エラーの原因分析では図1のように(1)状況要因、(2)情報収集要因、(3)情報統合要因(認知バイアス含む)の3つが複雑に相互作用しているとされています7)



(1)状況要因には、医師のストレス、診療の時間帯、勤務形態、設備や人手などの環境要因が含まれます。例えば、皆さんもすごく混んでいる救急外来で一番怖いベテランナースさんがムスッとされていたら焦りますし、自分の判断に影響しそうですよね。それ以外に、24時間連続で一睡もせずに診療をしている場合などの環境因子も全てここに分類されます。

(2)情報収集要因には、過度ないし過少の病歴・検査・診察などから得られる情報の収集過程とその情報の解釈が分類されます。診断を絞り込み、除外するための情報を集めることができなかった、または集めすぎたことも時に原因になり得ます。ほかには、その情報が陽性・陰性であった場合に、偽陽性や偽陰性などの解釈を誤ることで診断エラーに結び付いてしまうことなどが代表されます。

例えば、救急外来を受診する患者さん全員にルーチンでD-dimerを測定している場合などは、高齢者ではかなりの割合で陽性になってしまいます。それを検査前確率と検査後確率を考慮せずになんでもかんでも肺塞栓を疑って結び付けてしまう、といったケースが該当します。特に、病歴と身体所見からの情報の不足は診断エラーに大きく関与するようで、米国での医療訴訟のうち42%が直接的な訴訟理由に密接に関連していたとの報告もありますので、原則はやはり原則で病歴とフィジカルの確認はいついかなる時も重要です8)。 

(3)の情報統合要因(認知バイアス含む)には、主に前回紹介したヒューリスティックスや認知バイアスなどの認知心理的要因が含まれます。皆さん、診断エラーの原因は、知識がない、あるいは経験が足りていないからだと考えていませんか? なんと、現在では診断エラーの多くは知識の不足よりも、むしろこれらの認知バイアスの影響で適切な臨床推論ができなくなることが最大の原因だと言われています9)。なお、認知バイアスは海外では非常に注目されており、既に100以上の認知バイアスが報告されています。

ではここで、症例を振り返ってみます。認知バイアスの一覧表(表1)を見ながら読んで見てください。

研修医2年目というだけで、強いバイアスになり得ます。できることが増えて後輩ができると必然的に自信が出てきますので。この場合はOverconfidence Biasがあったかもしれません。

混雑する秋の連休、イライラする患者さんと恐いベテランナース、後20分で勤務が終わり、さらにはかわいい彼女が待っている! もはやここは相当強いバイアスがかかるのはよく分かりますね。この場合は肉体的・精神的に楽に処理する思考に引っ張られる、Hassle Biasなどが当てはまります。

もしかしたら、アルコールで酩酊中に嘔吐される患者さんに、陰性患者を持ってしまったために判断に影響を与えたのかもしれませんね。この場合はVisceral Biasというバイアスもあります。あるいは、直前に本やカンファレンスで勉強した内容が想起しやすい診断を連想させたAvailability Biasや、他の鑑別疾患を考慮することをやめてしまったPremature Closureというバイアスがあったかもしれません。

このように、1つの臨床推論における診断エラーには、様々な認知バイアスが複雑に交絡していると考えられています。内科医の集団を対象としたある研究では、1つの診断エラーに対して平均6つ以上の因子が関与していると報告されているそうです9)

表1 代表的な認知バイアス(筆者作成)

診断エラーに遭遇したら、成長の大チャンス

最後に、研修医の皆さんはぜひ、表1の代表的なバイアスの種類を一読しながら、自分の経験や診療で心当たりがないか省察してみてください。多くの場合、自分のあまりカッコ良くない部分を人に相談することは勇気が必要です。しかし、臨床医としての実力をあげるためには診断エラーと真正面から対峙することがとても重要です。

診断エラーに遭遇したら医師として成長の大チャンスです! ぜひ、今回の内容を参考に自身の症例や臨床スタイルを振り返ってみるとよいですよ。

■参考文献

1) Institute of Medicine. To err is Human: Building a safer healthcare system. Washington, DC: Academy of Science; 1999. 
2) National Academies of Sciences, Engineering, and Medicine. 2015. Improving diagnosis in health care. Washington, DC: The National Academies Press.
3) Berner ES, Graber ML. Overconfidence as a cause of diagnostic error in medicine. Am J Med 2008;121:S2–23. 
4) Graber ML. The incidence of diagnostic error in medicine. BMJ Qual Saf. 2014; 22 suppl2:ii21-ii27.
5) Leape LL, Berwick DM, Bates DM. Counting deaths due to medical errors in reply. JAMA. 2002; 288:2405. 
6) Nweman-Toker DE, Pronovost PJ. Diagnostic errors- the next frontier for patient safety. JAMA 2009; 301(10):1060-2. 
7) Bordage G. Why did I miss the diagnosis? Some cognitive explanations and educational implications. Acad Med. 1999 Oct;74(10 Suppl):S138-43.
8) Zwaan L, et al. Patient record review of the incidence, consequences, and causes of diagnostic adverse events. Arch Intern Med 2010;170:1015–21.
9) Graber, et al. Diagnostic error in internal medicine. Arch Intern Med. 2005;165:1493-9. 

 

引用はこちらになります。

https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/series/rejitop/201809/557764_2.html