次の日。かのとは白銅の所へ急いだ。
「白胴様」
息を切らして玄関先にしゃがみ込むかのとを驚いた様に白銅が見た。
「なんで、教えてくれませなんだ」
「・・・・」
やっと、ひのえの事に気がついたのだと判ると、白銅は何も言えなかった。
「白峰が荒らぶっておるだけかと、思うておったのに」
やはり、そうだと判ると
「すまなんだ。がの、ひのえがかのと殿に知らせとうなかった気持ち、わしにはよう判る」
「すみませなんだ。恨み言を言いに来たのではありませぬのに、つい」
「どうなされた」
「実は、私の元に黒龍が現れましてな」
「え?」
「事の次第は黒龍から、聞かされました。
ひのえは、やがて、蛇を産みます」
一気に言ってしまってからかのとは、は、と気がついて白銅の顔を見た。恐る恐る
「孕んでおる事は・・・知っておいででしたか?」
「ああ。知っておる。蛇を産むと、黒龍がそう言うたか?」
「あ、はい、しかと」
「良かった」
「え?」
怪訝な顔をするかのとに理由を話さねば、得心できる言葉ではない。
「いや。子ごと嫁に来いと言うたらの、
腹の子が蛇なら行くと言うてくれての。
それでも、人の子であっても、何ぞ手立てはないか考えておったが
蛇なら良しじゃ・・・」
「白銅様。そこまで、ひのえを望んでくるる思いには
私も手を併せて拝みたい所です。
が、問題は、そこからなのです。けして、良いことでは」
判らない言葉にしばし、白銅は宙を睨んだ。
「どういうことじゃ」
「白峰は・・・。白峰の百夜はそれで満願成就ではありませぬ」
「又、来世も白峰が事があるというか?」
「はい。それだけではありませぬ。来世こそ、本の満願成就。
ひのえが白峰の妻になりましょう」
「な、なに?」
「白峰は、此度の子に代を移し、その身を天空界に移します」
「それで、どうやって、ひのえを妻にする」
「だから、代を移すのです。だから、百夜の契りを与えたのです」
「判らぬ、順序だてていうてくれ」
意外な言葉に白銅の頭の中がぼううと白茶け考えを結べなかった。
「百夜の契りでひのえの性は白峰の物となってしまっております。
でなければ、蛇などにくじられて、喜んでおる訳なぞない」
そこまで言うと、かのとはあっといって口を押さえた。
ひのえの房事の様を言うているのが判った。
「よい。気にせず言うてくれ」
「あ、はい。ひのえの性を変えてしまえば生まれくる子は必ずや、蛇。
その子蛇を使いて来世のひのえを孕ますのです。
さすれば、ひのえは蛇神の血を受けて生まれます。
さすれば、ひのえの来世が朽ちる時には、
白峰が天空界に引き上げれます」
「しかし・・・」
「生まれくる子は、女蛇。
そして、百夜の契りの本当の意味は
ひのえの魂の性を蛇に変える為です。
蛇の魂に変れば、嫌が応でも、ひのえの生れ変りが蛇の腹に入ります。台がそこにしかないのですから」
「すると・・・?」
「ひのえの来世の姿は、身も心も血も、魂までも蛇のもの」
「ならぬわ」
思わず、白銅の恫喝が響いた。
「故に、黒龍が話です」
「黒龍?」
「それが言うに、ひのえの腹より子蛇が生まれ来る時に、
その子をたてと・・・」
「な、なんと」
「が、問題があります」
「なんだという」
「ひのえがその子を討てば子殺しの大罪で神罰を受けましょう。
業を受けましょう。一番よいのは、ひのえに夫がおればよい、と。
夫がひのえに通じた者の子を討つは大儀が立つと」
こういう抜け道があったのである。
だからこそ白峰はひのえに夫があたわることのないようにさきんじて、
ひのえによりくるものにあふりをあげたのである。
それは確かに効をなし、、ひのえ自ら妻になれぬと
己の運命を享受させることになった。
だが、そのあふりに立ち向かう意気あるものがあらわれていた。
たしかにあふりにかてはしなかったが、
「構わぬわ。わしが討つ」
「いえ、其れでは、白銅様が横恋慕の末、
白峰の子を殺したとなりて、今度は、白銅様が・・・」
「構わぬ」
「ひのえが、それでは、苦しみましょう!?
それに、若し、その後に、夫婦にでもなれたら、どうします!?
その業、二人で抱えますか!?どんな、業が来るか判りませぬよ」
「・・・・」
「それより、なんとか、夫婦になってしまえばよいでしょう」
「お、おう?」
「この事は、正眼に話して下さいますな。
ひのえの魂の性まで変っておるなぞ、
白峰の謀を知りたれば正眼が白峰のところに
猛り狂うて行くやもしれませぬ」
「判った」
「ひのえと夫婦になれたらば、草薙の剣を御渡します」
「え!」
「蛇を切るに、その剣しか刃が通らぬと
千年の昔に今を見越して
黒龍が湖の底に落ちていたのを拾い上げ、
近江の竹生島に・・・」
「知っておる。それを求めに行った時は、
すでに、黒龍に持って行かれた後だった」
「あ」
この人は本当にひのえに命掛けておると思うとかのとの声が詰まった。
「産みてすぐの所でなければ。
白峰の心を継いでおります。
子蛇といえどあふりを挙げられては勝てませぬ。
その時の手筈は又・・・。
とにかくや。夫婦になってしまうは、腹の子の生まれくる前にです。
でなければ、機をのがします」、
そう言うと、かのとは結界を解いた。
「何時の間に」
「白峰に聞かれてはいけませぬ。
正眼が、これだけは無理に教えましたが、
さもありなんです・・・・では」
告げるべきを告げるとかのとは白銅の元をさっていった。
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