憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

白峰大神・10   白蛇抄第3話

2022-12-08 11:34:36 | ー白峰大神ー   白蛇抄第3話

「何者じゃ?」
その声と共にぬっと、現れた男は背が高く、
いかつい顔で年の頃は三十半ばを越していようか、
すこし、剣のある目付きをしていた。
「なんだ?陰陽師風情が何の用だ?」
一目でそれと見ぬくと高飛車な言葉を投げ掛けた。
不知火はその男がくりくりの磨髪であるのが判ると、
「堂を守るのは、御主であるかな?」
と、問い正した。
男からはむっとした返事が返って来た。
「俺が守っておってはいかぬか?
もそっと、高尚なやつばらがおると思っておったか?」
自らの品のないのを認めているらしく、
よく自分を心得た口のききようである。
「なに、御主に用があってきたわけではない。
まともな口さえきければよいわ」
いがみ合いになるかと思うような口を返すと
不知火はにやりと笑って見せた。
不知火が妙に落ちつきはらしているのと、
なんの用事か気になったのであろう。
「ほう。わしにそのような口を利く奴を見たのは初めてじゃ。
で、なんの用事できやった?」
「ふん。わしも御主にはじめて口を訊くのが
こう雑言になるとは思うておらなんだがの、
聞いてくれる気があらば尋ねたい」
「じゃから、言えばよかろう」
「聞いたは、よう答えんという生半可な坊主が昨今では多いでな」
「そこらの坊主と一緒くたにするな。いちいち気に障る奴じゃの」
そう言う目が笑っているのは、
この男が不知火の怖気も振るわぬ物言いが気に入っているのである。
「そうか、ならば、聞くがの」
すでに、不知火の口術に嵌まっているのであるが、
次の言葉を言われるまで男もそれとは気がついていない。
「なに、草薙の剣の事でな」
「ん!あ、なんというた」
もう一度男が聞き直してくるその言葉尻で
間違いなくこの男がそれを知っていることが判った。
「草薙の剣」
「あ、おお、おおう」
やけにどもりあげると慌てて男が汗を拭いた。
「どうした?しっておろう?知っていて言わぬ、くそ坊主ではないじゃろう?」
「お、お、おうよ」
ひどくたじたじしていたが、どうせ同じこと。
いずれには晒け出さねば成らぬ事なのである。
「いかがかな?」
「ここには無い。のうなった」
「な?」
「秘宝の事、誰も知らぬ事を何故?」
「そんなことは良いわ。のうなったというたの、ではここにあったのだな?」
「ああ。黒龍が現れての。
元々ここは、水神を祭っておったのじゃ。
その水神が黒龍なのだがの、天空界に上がられてしまっての。
その折にこれを守り本尊にせよというて
渡されたのが草薙の剣なのじゃが、
いつ、むう、なな、八日まえだの。
黒龍が現れて持って行きおった。
元々、黒龍の物ゆえわしも黙って渡すしかないのだが・・・・
返してくれるのであろうか・・・」
「成るほど」
「何が成るほどじゃ。それが無いとなると、わしは・・・」
「いや。すまぬ。漁師めがえらく怖れておったげにな。
それで謎が解けたきがしての」
「なぞ?」
「どうせ、黒龍が草薙の剣を渡す折に、
誰にも言ってはならぬ。
剣を日の元に顕わにする事があらば
あふりを起こすぞと言うたのであろう?」
「何故、判る?」
「あれほど、漁師が恐れるには訳があろう?それだけよ」
「のう?おぬしら草薙の剣を探しているのであろう?」
「ああ」
「ならば、若し、若し、見つけたればここに返してもらえぬか?」
「黒龍から奪い取って来いと言うか?」
「そ、そうだの。何を思うてか
千年の昔に渡した物が必要になったのだろうに。
やはり、水神様が持っておられようの」
「そうだろうの」
「しかし、なにゆえ水神様は、剣を持ち去りてや?」
「わしらもそう思う」
「お前らはなにゆえ?」
「わしらか?・・・わしらは、蛇退治じゃ」
「つかぬ事を聞くがの。
草薙の剣でなければ倒せぬような蛇とは白峰大神?」
「おおう、ここまで、届いておるか?」
「凄まじい瘴気を、あげておるときいた」
「うむ」
「白峰大神が何をしやった?」
「お?」
「いや、草薙の剣で討とうというのであろう?」
「うう、うむ」
白峰から見れば白銅が横から懸想しかけているのにすぎない。
澄明がすでに白銅の物である所を
横から白峰に掠め取られたなら言い様もある。
が、そうではない。
「どうした?生糞坊主より悪いようだの?」
「そうだの・・・」
返事を考えている不知火も、黙ってそれを認めるしかない。
「よいわ。黒龍はそれを持ちての。
ここより東の方に泳ぐように空にあがっていったわ」
「東?」
「どうした?おぬし等東から来たのか?」
「そういう事じゃ。他に何かいうておらぬかったか?」
「千年の長きの因縁を・・うじゃらこうじゃら・・・」
「そうか。若し、我らがその剣を手に入れ本懐を遂げた後には
きっとここにもってこよう。それでいいか?」
「宛てにはしておらぬが、さなれば、宜しく頼む」
そして二人は帰ってきた。
そして、ため息をついた。
「黒龍を手繰る事になるとは夢にも思わなんだ」
「しかし、何故?黒龍が?」
「判らぬ。千年の昔からの因縁というたと言っておったの」
「ああ」
「ならば、九十九(つくも)を呼ぶか?」
九十九善嬉。
自らの前世が鬼であったという。
その男はやはり四方神を担う陰陽師のひとりである。
法術の腕もさながら、見透かしの腕に狂いがない。
それもその筈で、この男は自分の前世だけでなく
人は勿論、そうでないものの前世まで読み下した。
が、身体が弱い。それも訳がある。
前世を読むせいである。
本来触れては成らぬ事を読み下して無事に居られる訳がないのである。
「いや。そこらの狐つきの因縁を手繰るのとは訳が違う。
相手は黒龍。それも天空界にあがっておるのだ。
その後ろに何があるか判らぬ・・・九十九が狂うやもしれぬ」
天空界の密事まで拾い、
居並ぶ神との関わりまで読み始めてしまう。
九十九の精神がその重みに耐え切れず狂い果てる。
そう言う不知火である。
「そうか」
鬼であった前世に神仏を崇め行を修め、
草木を食らい、凡そ殺生と名のつくことを戒めてきた。
その前世が死ぬる時に
「嗚呼、人になりたい」と言うたのを信奉する
阿弥陀如来が聞届けたのだと言う。
その、九十九を狂わすわけにはいかない。
ましてや、鼎の狂った姿を見てきた白銅である。
黙りこくる二人のいる家の屋根をしとしとと雨が落ちて来ていた。
「梅雨にはいいたの」
呟いた声が夜のしじまに響く様であった。



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