白銅が鏑木の部屋にいると、伝えられて澄明は部屋の戸を開いた。
そこに白銅が、じっと立っていた。
が、その足元に黒い醜い者がいるのが見えた。
「白銅!餓鬼ではないか?」
思わず澄明は叫んだ。
「見えるか・・・・鼎だ」
澄明の言葉にふりむいた白銅の袴の裾を掴んでいた餓鬼の姿がふっと消えた。
「なんと?我気道に落ちやったか?」
「うむ。それよりも、不知火が白峰よりあふりがたったと、言霊を寄せてきよったわ」
「そうか・・・」
「澄明。直、齢十九の役であろう?」
はっとした顔を見せた澄明である。
承知の事であろうが十九の役と言えば、当然女子の役である。
「知っておったのか?」
「随分、前からの。幾ら、男の造りで誤魔化してみても、障りの血の臭いは消せぬ」
「麝香も無駄か」
白足袋から、髪を括る紙縒り紐まで麝香を焚き染めて居たのも、
障りは元より女にはない男の匂いがない事を気取られぬ為でもある。
「いや。鼎の事があってから血の臭いは殊更気に障ってな」
「すまぬ」
「御主が、謝る事ではない。鼎がああなったのは、もう、随分前の事だ」
「しかし、何故?」
「・・・・・」
鼎は随分前から、時折嬌声を発し頭を抱え込むと、只、只脅えるようにじっと蹲る。
様子を見にきた白銅に縋り付くと、気が休まるのかふいに静かになるのである。
虚ろな目のままの鼎を白銅は抱かえるのであるが、
鼎は口中でいつも何かぶつぶつと喋っていた。
それが、障りの日になると決ってそうあった。
この年の離れた妹の鼎が憐れであったのと、
白銅にだけは少しの落ちつきを見せるので、
鼎が狂うたびに白銅は障りの始末も出来ずいる鼎を抱き込むことになった。
が、それが、だんだんひどくなってきて、
障りの無い時でさえ、正気を失うようになってきていた。
時折り正気をみせると兄上すみませなんだというのである。
が、その、正気でいる自分の思念さえ畏れに慄くようになると、
とうとう鼎は我気道に逃げ込んだのである。
それで白銅は障りの血の匂いに敏感なのである。
そして、それは哀しい思いを共に湧きおこさせるだけであった。
「要らぬ事を聞いたようですね」
「読み透かさぬのか?」
「・・・・・」
澄明は押し黙った。
「御主なら、俺をも透かせよう?」
「いや。やはり、知らぬが良い」
白銅も鼎の姿を哀しく思うのであるが、それでも、狂いはて恐れ慄く様を考えて見ればこの方が鼎には幸せな事なのだと思えた。
白銅はじっと、黙った澄明を見た。
白峰のあふりが立ったと聞かされれば、さすがに澄明も鼎どころではないだろう。
「それより、白峰の事もある。わしと夫婦にならぬか?」
「何を?」
突拍子も無い白銅の言葉に澄明も継ぐ言葉をなくした。
「判っておる。そなたが白峰殿にくじられておるのは」
女子である澄明を白峰がくじる(選択)と、言う事がどういうことであるか。
それは、すなわち、もじどおり女であることを、くじられる(穿つ)事を意味している。
白峰の嘱望が何であるかを白銅も判っているのである。
「それでも、妻に望むと言うのか?」
「ああ」
意外な白銅の思いを聞かされて澄明は、また、黙りこくった。
「・・・・・」
「ふっ。それでも政勝殿が心に残るか?」
「読みよったな?」
「好いた女子のことは、気になるわ」
そう言うと白銅は澄明を抱き寄せた。
「ならぬ。白銅。お前が危なくなる」
「判っておる。白峰のあふりが来る。そなたは白峰殿の大事な者ゆえな。澄明」
「名を呼ぶな。白銅、成らぬ」
澄明・・・事。ひのえの顔を寄せ付けると、白銅はその口を啜った。
「澄明。すさ・・まじい・・・の」
白銅は其れだけ言うと崩れ落ちるように床にしゃがみ込んだ。
「だから、言うておる」
「つま先まで、痺れておるわ」
「待っておれ」
鏑木の部屋を出ると、澄明は自室に急いだ。薬湯を煎じた物がある。それに蝮酒。
毒をもって毒を征すではないが白峰のあふりにはやはり、蛇の毒が効く。
「飲むが良い」
「用意のいいことだの」
白銅は、左手に持ち返ると杯を目の高さに上げる。
「なおらい」
一気に飲み乾すと、澄明の手から薬湯を受取った。
「政勝殿が、竜が子孫と知っておって何故、嫁がなかった?さすれば、白峰殿になぞ」
「戯けた事を・・」
「ふ、ははは。御身大切では竜神の加護は得られぬか?其れより、政勝殿の寵愛を貰い受ける自信がなかったか?」
「頼みには出来ぬ。壬の年に役になる」
「ほほう。やっと、惚れている事を認めたか」
「かのとにいうでないぞ」
「判っておる。辛いものだの。
政勝のもとに嫁いだ後にせよ先にせよ白峰にくじられるとなるやも知れぬとなれば、操がたたぬわな。
其れで、諦めたのは判る。
だが、なぜ、かのとに政勝殿を勧めた?本意でなかろうに?」
「言うな」
「何を隠しておる?そこが、読めぬ」
「当たり前だ」
「封じ込めてあるか。そなたらしいの」
白銅ももう、それ以上は詮索するのをやめた。
痺れが取れると白銅はついと立ち上がると正眼の部屋に向った。
ー白峰大神ー 白蛇抄第3話(25)
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