控え室の前に立ったターニャは首をかしげた。
もう、誰かきてる。
ドアの隙間から漏れる光と
いくばくか、荒い息。
誰だろう?
なんだろう?
ターニャは扉をノックすると
「入るわよ」
と、中の誰かに声をかけながら、扉を開いた。
「あっ・・カタリナ?」
控え室の中央の狭いスペースで
カタリナは振り付けのおさらいをしていた。
荒い息はカタリナの喉からはっせられたものに
相違なかった。
「あら?」
ターニャに気がつくと、
カタリナは照れ臭そうに笑った。
「何度、踊っても舞台に立つ前は不安になるわ」
それが、こんなところで、レッスンのおさらいをしていた、いいわけ。
「どうしたの?早いじゃない。
やる気まんまん?それにしちゃ冴えない顔色ね。ん?なんかあった?」
軽い汗をふきとりながら
にこやかに笑いかけるカタリナがひどく優しくみえて、
ターニャの糸がぷつりと切れた。
「さっき、イワノフさんに呼ばれて・・・」
皆までしゃべらなくても、先達のカタリナである。
察するものがある。
「あ~~~。パトロンの件?
あなただったら、すごいでしょ?
何人お声ががりがあったの?」
なんでもないことのように、
受け答えるカタリナの野放図さ。
重大問題のように考え込んでるほうが、
おかしいと、思えてきたのは、
ターニャの心にやっと余裕がでてきたせいだろう。
「ん・・・13件・・・」
「ひゃああ~~~。すごいね。
あたしなんか、そこから10もひいてくれなきゃなんないね」
「そんなこと・・・」
なにも嬉しくないことなのに、
なぜか、ほめられたように思えるのは、
カタリナの心に邪気がないせいだろう。
「でも、ことわっちゃうんでしょ?」
カタリナなりにターニャの心を見抜いているらしく、ターニャの方針をいいあてた。
「う・・・ん」
「なに?歯切れの悪い返事だね?
迷ってるってこと?」
それも見透かすと
「なんで、迷うの?」
なかなか鋭い質問を寄せてくる。
「うん・・・。あのね」
カタリナになら、うまく話せそうな気がして
ターニャはきりだしていた。
「聞いてくれる?」
イワノフとのひと悶着をききおえると、
カタリナは大きなため息をついた。
「ん~~~~。
なんていっていいのかなあ。
あたしが聞いてると、どうしても、
イワノフさんの求婚をうければよかったのになあ。
って、そればかり、思うんだよね」
なぜだろう?
サーシャも似たようなことを言った。
『きちんと、求婚してくれなかったことが不満』
百歩譲ってサーシャの言うとおりだとしても、
カタリナの言い分は跳び越しすぎている。
「なぜ?
イワノフさんが、アフターで踊れといってきたのよ。
その同じ口で、求婚されても・・・・」
「はああああ~~ん」
「なによ?」
なにか、からかい半分のまなざしにむきになるターニャに
「わかった」
と、カタリナがひとりがてんにうなづく。
「な・・なによ?」
「ようするに・・・。
ひとつ。
あなたは自分が恵まれてる。
それが、わからない。
ふたつ。
あなたは、まけおしみの強い人ね。
うん・・・プライドだけ人一倍強い」
カタリナは遠慮会釈なく好き放題いいたてる。
が、
喧嘩になりそうな物言いのうしろの顔は酷く優しい。
だから、ターニャも穏やかにたずねなおすことができた。
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