「まず、君に言っておかなければいけないことがある。
パトロンは強制じゃない。
アフターを張る踊り娘の特権ともいえる権利であって、義務じゃない。
断るも受けるも踊り娘の自由である。
これは、君がアフターに入ると言った時に
心得ていてくれと僕は念を押したはずだ」
イワノフの言葉にターニャが反駁する。
「でも・・・実際、こんな風に資料まで渡されたらパトロンを持てといわれてるのと同じことだわ」
「それは、君の覚悟が浅いってことじゃないかね?」
この言い方ではターニャが誤解すると分かっていながらイワノフは他の言葉を選べなかった。
「アフターにはいる。イコール、パトロンが付く。そうならば、そうだと初めにいってくださればいいわけでしょ?
断ればいいって、いったのは、貴方だわ。
なのに、こんな事されたら・・・」
「違うね。
君がアフターにはいっても、パトロンを持たずに置くこともコレも、君の権利だ。
だけど、それでも、パトロンの話は舞い込む。
それに流されず、踊りだけで、アフターを張っていく。その覚悟が出来ていたら、君は僕を叩いたりしていない」
ゆっくりとターニャを覗き込み
イワノフが望む返事が返ってくることを待つ。
と、
「だけど・・・貴方はそんな私を分かっていて
資料まで作る必要なんか・・ないじゃない!!」
どうせ、断ると分かっていて、ナゼご丁寧に個人資料まで作って渡さなきゃ成らない?
「僕は君にほかのアフターの踊り娘と同じように対処しただけにすぎない。
君だけを特別に扱うべきだとかんがえているのは、君のほうだ。
君は僕に擁護されて当たり前だと思っている。
踊り娘が自分の力で舞台をはっていくことが、
どんなにむつかしいか、君には、わかっていない」
立て続けに並びたてられたイワノフの言葉にいくつもターニャが思っても見なかったことがあった。
「ちょっと待って・・・?
特別に扱う?
私は特別に扱われていたわけ?
擁護されていたわけ?
そして、アフターに入ったら
いいえ、
結婚を断ったら
皆にこうやって、断ることができないように、
資料を渡していたように、私にも渡すのが、
公平な扱い?
あげく、
踊り娘が独りで舞台を張るのがむつかしいから、パトロンを持たなきゃならない?」
矢継ぎ早にはむかいの言葉を投げつけらても、イワノフもターニャの痛いところをつきたくないばかりに黙り込むしかなかった。
「つまり、パトロンを持たずにアフターにたてる。それが、恵まれてるってことだっていいたいわけね?」
どうして、此処まで曲解してしまうのか、
その心の底の本心に気がついているイワノフはターニャの心が解ける時期を待つしかないと改めて思いなおしていた。
「君にはパトロンが必要じゃなくても、
ほかの踊り娘の中には、パトロンが必要な娘もいるんだよ。君もまた、いつなんどき、パトロンが必要な立場になるか、判らないし、
君はパトロンを悪視してるけど、
それが、出会いで今じゃ幸せな結婚をしてる娘もいる。たまたま、一生の伴侶との出会いが
そういう形になることもある。
と、したら、君に求婚を断られた僕が
出会いのチャンスを握りつぶす権利はないだろ?」
話の支点をずらされたと気がつくこともできないほど、
イワノフの顔があまりにも、淋しく悲しそうで
ターニャは
これ以上イワノフに言い返せなくなった。
「君の気分を害させた事はすまないと思っているよ。だけど、例えば、カタリナのように、
父親がアル中で廃人同様で病院に入院していて、母親の稼ぎは入院費用に飛んでいくし、
若いときに生んだ子供の養育費用と
母親の生活費と、自分の生活費。
どう頑張っても、アフターの稼ぎだけじゃ
おいつかない。そんな娘にとって、パトロンの話は天の助けなんだよ。
それが、あるおかげで、好きな踊りで身をたてていける。
こういう場合も有るんだ。
多かれ少なかれ、パトロンの存在で救われている。その救いを僕は分かっているから
あえて、パトロンの話は踊り娘の特権だという。裸の身をさらしてまで、舞台にたとうとする彼女達がすがれる存在はそんな者しかいないんだよ」
『それは・・・
つまり・・・・
私には・・・
貴方が居る・・から
恵まれてる?
カタリナ・・・
貴方が言う・・・恵まれてるは
そういう意味?』
憔悴が、どこからわいてくるものか、
わからないまま、
おぼつかない足取りで
イワノフの事務室から出てくると、
ターニャは時計を見つめなおした。
今一度、自宅へ帰るには、
とんぼ帰りすぎる。
すこし、早いけれど、アフターの仕度にとりかかろうか。
控え室で珈琲をのんで、
すこし、気分を変えよう。
サーシャの手紙がターニャの気分をもっとよくかえてくれるだろうけど、
イワノフとの話し合い・・と、いえるだろうか?
でも・・・。
話し合い。
いつのまにか、時間が流れていた。
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