憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

―鬼の子(おんのこ)― 6 白蛇抄第14話

2022-09-06 07:08:14 | ―おんの子(鬼の子)―  白蛇抄第14話

城の中がひっそりとしずまりかえっている。

人の気配にもどこか重苦しさがただよっている。

妙だなと思いながら悪童丸は、

勢の居室の小窓の外ににじりよっていった。

「勢」

ことりと音がすると障子がひらかれた。

「ど、どうした?」

ひどく憔悴しきっている姉がいる。

「母さまが・・・」

かなえ、そのままのつぶらな瞳からぽろりと落ちてきた物が、

後をひいてゆく。

「な・・?」

「天守閣から、身をなげた」

「え?」

「もう、二十日もまえのことじゃ」

《な・・なくなられたというのか?》

「なんで・・あんな場所から落ちれる?

わざと落ちねば落ちれぬに。何で、死なねば成らぬ?」

「わざとおちたというかや?」

「そうとしか。考えられぬに」

悪童丸がはじめてかなえにじかに会ったのが二十日まえである。

かなえの死はそのことに起因するのであろうか?

「なんで」

「わからない。が、の、母さまはお前の事をしっておいでじゃった」

「う・・」

かなえは勢に何をはなしたのであろうか?

「母さまは、おまえにこれを渡してくれというておった」

勢が白い布を開くと小砥ぎの束がでてきた。

「わしに?」

「なんで?母様はお前の事を知っておった?」

「わしが」

「ん?」

「わしはおまえの母様におうてみたんじゃ」

勢はどこまで知っているのか?

言葉を探りながら悪童丸は事実を告げた。

「・・・」

「お前は優しい女子じゃから。

おまえの母様はどんな人かとおもうたに」

産土様に捨てられ、実の母を知らない悪童丸の

母への追慕がさせた行動であると勢は考えた。

「そうか・・・。それでしっておったのかや」

「うむ」

「なれど、何故これをお前に渡せと言うたのかの?

何かきいておるかや?お前と母様はどんなことをはなしたのかや?」

「わからぬ。わしは・・歳を聞かれたに。名前をきかれたに。

それだけだったに。おまえの母様もやはりお前と同じように・・・。

鬼をこわがらんかった」

「おまえは、この小束に見覚えは無いのか?

お前がもっていたものではないのだな?」

「う・・ん」

なんなのだろうか?

父親の光来童子に聞けばわかることなのかもしれない。

が、勢にそういえば、何故光来童子がわかる?

と、たずねられることであろう。

なぜ、自分が落としたものだと言わなかったのだろう

と、機転の利かなさを後悔しながら、悪童丸は小束をてにとってみた。

《母様はこの世におらぬようになってしもうたのじゃな》

「何で・・母様は」

勢の声が小さく漏れた。

この小束が其のわけを教えてくれる気がした。

が、悪童丸は何も知る様子ではなかった。

「おまえは・・母様にようにておるの」

落ちてくる涙を拭うてやると

「わしがお前の母様にわしの母様を映してみていたのを

しっておられたのだろう。

おまえと同じ歳のわしの境遇を哀れに思うて・・」

自分の身は自分で護るしかないのだよ。

と、かなえは小束をよせたのかもしれない。

それとも、今まで護ってやれなかった事を小束に託し変えて、

あの世から悪童丸をまもるといったみせているのであろうか?

「優しいおひとじゃから」

「それで、母様はお前への気がかりをはらせていたということかや?」

「たぶん」

死に行く人は、心の重荷を解きほどいてゆくと聞く。

「なにがあったかは、知らん。が、お前の母様はきっと本望じゃった、と、おもう」

「死ぬることがかや?しぬることが・・なんで」

「お前もおったろう?お前の父さまもおったろう?

お前が思うように何で死なねばならぬと思うほど

しあわせであったのであろう?

だったら、悲しくて辛くて死ぬるはずがない。

なにがあったかしらぬ。なれど、きっと、本望だったと。

それだけを信じてやらねば、もっと、悲しい」

「死んで、本望じゃったと?」

「そうじゃ」

共に「母様」と大声を上げる事もできず、

悪童丸は泣き伏す勢の肩をだいていた。



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