憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

―鬼の子(おんのこ)― 7 白蛇抄第14話

2022-09-06 07:07:54 | ―おんの子(鬼の子)―  白蛇抄第14話

帰って来た悪童丸が暗いかおをしている。

「どうした?」

伽羅の声も密かに沈む。

「母様がなくなられた・・天守閣からとびおりたそうな」

「・・・」

かなえなら、有り得る事であると思っていた伽羅である。

伽羅は自分の弱さをしっていた。

だから邪鬼丸をなくした後、邪鬼丸を追えなかった。

後を追おうにも邪鬼丸の死んだわけが、

あまりにも不甲斐無さ過ぎたせいかもしれない。

色香に狂い、人間の女子に迷い挙句の果てに殺された鬼の後を追う?

お笑いぐさでしかない。

あまりにも情けない死にざまにだった。

想い思われてともにしんでくれといわれたなら、

そうもしたかもしれない。

だが、自分の事だ。

それでも共にいきおおそうとしただろう。

共に行きおおそうとした男を失くした痛みを抱えた伽羅を

光来童子は、だいてくれた。

うせ去った思いの丈を葬り、

いきることを選べたのは光来童子のくれたやさしさのおかげだった。

有り得たかった恋の果てを、

どこかで光来童子のかなえを思う心に重ね合わせながら、

この子をそだててきたのだ。

「お前が、かなえにおうたからじゃ」

惨い事実をつげることになる。

「え」

「かなえは、自分の子が光来の子か、主膳の子かしらなんだんじゃ」

「え、え?」

「おまえをみて、光来の子じゃと判ったから」

「それで・・・しんだというかや?」

「かなえは光来だけの物でありたかったのじゃ」

「すると・・わしにおうたせいで・・わしのせいで・・」

悲しい引き金を突きつけられて悪童丸は言葉をなくしていた。

光来童子におうてから悪童丸は

自分の事をおいらとはいわなくなっていた。

大人になろうとする自分である事を表すかのように

わしと大人びたいいかたにかわっていた。

だから、伽羅もあえて、おとなになろうとする悪童丸の理解にかけた。

「それがかなえにとってしあわせだったのじゃ」

悪童丸が勢に言った言葉が伽羅によってくりかえされている。

「母様には本もうじゃったというか?」

「そうじゃ」

「成れど。ならば・・父様はどうじゃ?父様をのこして」

かなえの一方的な死を攻める悪童丸ははっとした。

「な・・んで・・父様はたすけにゆかなんだ・・・」

「わからぬぞ」

「え?」

「光来のことじゃ。かなえを助けおおし、

代わりの死体をなげこんで、かなえをつれさっておるやもしれぬ」

「そうなのか?」

「わからぬ・・がの」

童子と共に生きることが叶わぬのなら死にます。

そういったかなえが神王の理にのまれ、それから十年。

いとし子が光来との愛を結実させていたとわかれば、

かなえはおもいのままにいきることであろう。

ただ、かなえが思いのままに生きると言う事は

かなえにとって死しかない。

かなえは生きるために死ぬ。

思いを張り巡らせ、童子はかなえをみつめつづけていることであろう。

そのかなえが死出の旅立ちを選んだ事を童子が知らぬわけが無い。

だから、伽羅は悪童丸に童子が救いにいったかも知れぬといってはみた。

いってはみたものの、伽羅にも、

童子の行動をおしはかることはできなかった。

かなえが飛び降りると判ったとき童子は、どうしただろうか?

かなえが思いのままに宙を舞う。

其の刹那が、かなえの至福の時であろう。

かなえは地べたに叩き付けられるその瞬間まで、

童子の名を胸に何度も刻みつけるように唱える。

そのさいわいの時のまま、童子はかなえを逝かせるのだろうか?

頭骨が砕け脳漿が、どろりと土の上にたれおちてゆく。

童子はかなえがおのれを呼ぶ声を聞きながら、

かなえの死をうけとめるのか?

やっと、童子だけの物になるかなえの最後の声を耳に刻み付けるのか?

それとも・・・かなえの死を知った瞬間。

童子もまた、あとをおうのではないか?

いや。ありえない。

童子が死んだら、あの七日七夜は誰がいとしんでやるという。

だとすれば、悪童丸に言うたように

童子は本当にかなえをうけとめにいったか?

伽羅は無念な思いで首を振った。

それが出来る男なら

とうの昔にかなえを攫いに行っていたのではないか?

前世のことなのだ。

かかわっては成らない事であると、

どこまで、自分を赦さないでおくつもりであるのか?

自分に許されるものは、思うことのみだと、諦念しきったというのか?

自分を許さないことが、かなえにみせられる誠意だと言うのか?

間違っている。

例えどんなに崇高な思いであろうと、

どんなにか己を戒しめれようとそれは間違っている。

欲付くで、己を汚しかなえを汚してゆけば良いではないか。

―童子。お前はあの時何故我をだいてみせた?―

邪鬼丸が死に、よりどころを失っていた我を

抱いて見せてくれたお前が、なぜ、かなえをだきとめてやらぬ?

おまえこそが、あの七日七夜をいきおおしつくしたというのか?

もう、お前はその時に死んでいると言うか?

―ちがう。ちがう。ちがう。

悪童丸にあいにこやといったというではないか。

父親である自分を認めている童子が・・既に死んでいるわけなぞない。だから―

伽羅は自分が口に出した悪童丸への慰めを、

いや、希望を信じたいと思った。

かなえを連れ去り何処かに二人でひっそり暮らしているのだ。

それは喩えて言えば、前世という時の狭間に逃げ込んだように

ひっそりと静かに誰も判らぬ処にいるに違いないのだ。

「伽羅・・・これをしらぬか?」

「なんぞ」

悪童丸が懐から出してきたものは、小砥ぎの束だった。

「母様がわしにというて、勢にあずけておった」

「童子のものかもしれぬな」

「やはり・・そうかの」

「あいにいってきいてみてくるか?」

童子にである。

「いや・・・いい」

それがいいかもしれない。

童子が一人で伊吹山にいるとしたら、あえるであろう。

が、それはかなえを逝かせたということである。

かなえを連れ去っておれば、きっと、童子はもう、伊吹山にはいない。

ほんの一縷の希望の有無を確かめる事ほどこわいことはない。

あるかないかわからないからこそ、

希望をゆめみていられるということもある。

この子もまた伽羅の言葉を鵜呑みに

かなえの存望を簡単に信じるほどに、

光来の心を見抜けぬ子でもないのである。

「光来のものならば、それを、お前に託すかなえの心根がわかるか?」

「う・・ん」

「ならば、良いではないかや?もう、お前の懐におさめておきや」

「うん」

勢にも、母様は父様とどこかでいきておるやもしれぬ。

死んだ事にしておかねばならぬのだ。

だから、もう逢う事はないがいきておらるる。

そういってやれればよいと、おもった。

だが・・・いえぬことである。

勢が鬼の子であることも、

勢の父親が光来童子である事もはなしてはならぬことである。

勢にとって母はかなえであり父は主膳であるのだ。

悪童丸がかなえと光来の子である事を誇りに思うたように

おそらく、主膳の子でありかなえとの子である事を

喜ぶ勢もいるはずである。

そして、何よりも童子が勢をも連れ去ろうとしなかった裏側が判る。

かなえと共に人としていかせしめたい。

鬼になどなってはならぬのだ。

いくら鬼を恐れぬおなごといえど

鬼である血が流れている事なぞあかしてはならぬことなのである。

そして、また、主膳が父でない事を決して言ってはならないのである。

だからこそ、かなえは小束を悪童丸に託したのだ。

鬼である光来童子を本意におもうている。

其の思いは、己が姿も鬼であり、

光来とかなえの子である事を知っている悪童丸にしか、

判らない事である。

「勢はなにもしらぬまま、いつか、どこかの殿にとついでゆくのだな」

真実を知らぬまま、人としていきてゆくことになるのである。

早ければ十三にも成らぬうちから輿入れはある。

「あいの子は、やはり・・わしひとりじゃ。おんの子もわしひとりじゃ・・」

悲しいひとりぼっち。

だが、父光来は一人ぼっちでかなえを思っていきてきた。

「わしも少しは父さまのきもちがわかるようにおもう」

勢にこそ、さいわいあれ。

主膳にかなえを託した光来の気持ちはこういうもの

と、近いのかもしれなかった。

かなえに主膳がいたように、勢にもいずれ人である男が寄添ってくれて、平凡で幸せななだらかな日々が続くことになるのであろう。



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