憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

―鬼の子(おんのこ)― 3 白蛇抄第14話

2022-09-06 07:09:11 | ―おんの子(鬼の子)―  白蛇抄第14話

そして、伽羅はすつられた悪童丸をだきあげた。

「みよや。かなえ。みよや。光来。お前らの子じゃ。おまえらの・・・」

童子はこない。

決してこの子を抱き上げにこない。

なれど、どんなに手を差し伸べたいか。

童子とかなえの思いを込めるかのように伽羅は悪童丸を胸にくるんだ。

それから伽羅は悪童丸を育ててゆく事になる。

初めて悪童丸が伽羅を母と呼んだとき、

悪童丸は二つになっていなかった。

が、その二つにもならぬ子に伽羅は語りかけた。

「我は・・お前の母者人ではないに。

お前の母様の事はもっとお前が大きくなったらはなしてやるに。

我の事は伽羅と呼ぶがいいに・・」

つぶらな瞳が伽羅の言葉に素直に頷いた。

「お前はあいのこじゃ。二つの意味であいのこじゃ」

小さな手を握り締めて伽羅は悪童丸をひざの上に抱いた。

言われた意味を理解するにはまだまだ幼い子供である。

が、かなえが母であることを

童子が父である事を知らせてやらねばならない。

教えてやらねばならない。

おろかにも幼子のいとしさにほだされ己を母と思わせてはならない。

この子はかなえと童子のあいのこである。

伽羅は悪童丸の生を何よりも尊び、

悪童丸の出生の物語を、かなえと童子をこの子に

知らせしめねばならないと決めていた。

 

悪童丸が九つになったときだった。

悪童丸は伽羅を前にして悲しい顔をして見せた。

「おいらはちがう」

外歩きをするようになり、他の鬼に逢う事になってゆく。

そうするうちに、たあいのない喧嘩をしてくることもある。

「なにが・・どうじゃという?」

伽羅は悪童丸の手を引き泥だらけの顔を拭いながら尋ね返した。

「おいらはみんなと違う。髪も目の色も違う」

喧嘩の果てに誰かに邪気なく言い放たれた言葉でしかないのだろうが、他の鬼と違う容姿が今日ばかりは悪童丸の心に応えていた。

「それはお前がとうさまのこじゃから」

「父様の子じゃというはわかっておるわ。

じゃが、みんな父さまがいっしょにおるに・・おいらにはわからん」

見た事もない父が悪童丸と同じような瞳をしており

同じような髪の色をしているといわれても

悪童丸の異形は己一人の物でしかない。

「おうてみるか?」

「え?」

「童子はおまえにおうたら・・」

童子の心の動きが伽羅にはわかる。

この子を前に童子はかなえへのいとしさにくるいふせるかもしれぬ。

その心を童子自身に覗き込ませることがどんなにむごいことか。

「伽羅?何で泣く?」

「お、お前に、今のお前にはわからぬかも知れぬが

童子はお前の母さまを思うとの、死ぬほど辛い。

お前・・それでも、おうてみるかや?」

「おうて・・み・・る」

自分の生が父親を悲しませるほどに、

恋しい人との間に育まれたと言うのなら、

その恋を痛みと供でなければ覗き込む事ができるわけはないのである。

ならば、この世に生を受けたその痛みこそが、

真実であり、己の由縁である。

ともに暮らさぬ父親の深淵を、受けて見る事こそが己の存在確証である。

「父さまは本当になくかや?」

『お前はつよいこじゃの』

そうでないのかもしれない。

光来童子の慄く姿こそが、悪童丸にとって、

己が生まれ出た価値の確証である。

それをみてみたいのであろう。

『こんなにも、寂しい心を隠してきておったのか?』

思っていた以上に、大人びている悪童丸なのである。

が、この事が、悪童丸の中に大きく深い根をはらせることになる。

父親の苦しみが、悪童丸の中に、植えつけるもの。

これが、この物語を始まらせるものになるのである。



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