憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

―鬼の子(おんのこ)― 4 白蛇抄第14話

2022-09-06 07:08:53 | ―おんの子(鬼の子)―  白蛇抄第14話

光来童子の悪童丸を見詰る、その瞳がわななくようであった。

一目で己と、かなえの子であると、判ると、

童子は悪童丸の前で膝を突いた。

「父さま・・・じゃな?」

悪童丸の問いかけに答えはいらなかった。

悪童丸に差し延べていた手は、

迷うことなく父である事をあらわしていた。

わななく瞳が悪童丸を捉えると

「かなえ・・」

と、つぶやいた。

呟いた口元に大きな雫が落ち込んできている。

その雫がどこからつたいおちてくるものなのか。

悪童丸が捕らえた父親の瞳は、

伽羅にいわれたとおり、薄い空色をしていた。

まちがいなく、父さまなのだ。

光来童子は、差し延べた手を悪童丸のあたまにおいた。

「いくつになった?」

童子もまた、この子が、

自分を父親であると理解しているのをわかっていた。

「九つになる」

「そうか・・・。父をうらんでおるかや?」

「いんやあ・・」

「そうか・・」

あれから、いつの間にか十年。

かなえは相変わらずこの童子のむねにすんでいるというのに、

年月だけが勝手にたちさっていた。

「おいらは・・・」

伽羅のいうとおりだ。

滂沱溢るる父親の姿を見つめる事は、胸を切り込まれるように

―こんなにも・・・つらい―

一緒に暮らせば、ひがなこの姿に胸をふさがれていたのかもしれない。

―だから、おうてみただけでよい、にする―

「うらんじゃない」

「そうか・・・」

「母さまには・・」

どう尋ねようとしたのだろうか?

自分の問いさえ忘れさせるほど、

光来童子の瞳がさらに悲しく悲痛なものになった。

「あいとうなったら、またくるがよい。こんな父親でもよいのなら・・」

「ううん」

頭を振ったのはこんな父親ではないということにでもあった。

が、

「おいらも、もうじきに、十二になる。ひとりでくらすようになるに・・」

いまさら、父親恋しいなぞと言っていられなくなる。

「そう・・か」

「父さま。おいらが、うまれてきて・・よかった・・のか」

小さな胸に巣食う不安な問いかけを、

初めて、生を与えたその人に尋ねてみた。

それが、悪童丸の決別であった。

どう答えられても、この答えを今度は自分でみつけてゆく。

生きていてよかった。

生まれてよかったと、いえる自分にする。

己の手でよかったにする。

自分の手で切り開いてゆくだけなのだ。

だが、其の前に親の子である自分の真っ只中にたちつくし、

親に甘える最初で最後の自分に浸りこんでみたかった。

「お前の中にわしがおる。お前の中にかなえがおる」

童子はそうこたえた。

いきとしいけるものの中で一番いとしいものだった二人が

この子の中にいる。

「うん」

悪童丸は、うなづいた。

頷くことしかできなかった。

だからこそ、父さまはつらかったのだ。

亡骸を抱いて生きるような暮らしに耐えることを童子の情念がはばんだ。

いまだに、かなえをおもうている。

その思いがあるのなら、いまも悪童丸は

二人の思いの結晶であることには違いないのだ。

そして、今もって、かなえは

かほどに童子に思いをかけられる人なのである。

「其の母さまのこであるのじゃな・・」

そして、いまもって、思いをかけ続ける童子なのである。

『その父さまの子なのじゃ』

ならばよい。

童子の胸にすがると、悪童丸は小さくいった。

「父さま。悪童丸です」

と、

そして、童子の手をおしやると、

「さよなら」

と、告げた。

 

童子の深い瞳は、空の色に似ていた。

その瞳の奥にある光が物悲しくて、悪童丸は何度も

『母さま』

と、おもった。

あの人を幸せにしてあげられる唯一の人を、

悪童丸は胸の中で何度もよびつづけていた。

あんなにも、悲しい父親の瞳を思うと、

青い瞳をそのままに継いだ自分の瞳にも

其の人を映しこませてやりたいと思い始めていた。

 

いくらか年月がながれ、悪童丸も十になった。

十二にこだわることではないが、

もう少し伽羅の側に居たくもあった。

が、

―人里におりれるだろうか?―

伽羅との離別の前にはたしておきたいことがある。

童子との決別ははたせた。

が、心の中にひかかるのは、母かなえのことである。

伽羅に聞かされた姉、勢ともあってみたい。

己がかなえと童子の子であることなぞしらされてはいないだろうが、

ただ一人の同身である。

鬼と人の子である。

あいのこである。

そして、今悪童丸に伽羅が言った意味がやっと判った。

伽羅がいったとおり、愛の子でもある。

童子もいった。

「お前の中にわしがおる。かなえがおる」

と。

それは、また勢も同じ事である。

だからこそ、例え勢が何も知らなくても、

勢にあって映し鏡を見るように己という『あいのこ』の姿をみてみたい。

―だが、うまく人里におりれるだろうか?―



最新の画像もっと見る

コメントを投稿