憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

―鬼の子(おんのこ)― 13 白蛇抄第14話

2022-09-06 07:06:02 | ―おんの子(鬼の子)―  白蛇抄第14話

小窓より顔をのぞかせた悪童丸に気が付くと、

勢は辺りを見渡し、襖のむこうまで、

誰もおらぬをたしかめ、手招きをした。

「ひさしぶりじゃに」

「うん」

こくりと頷く姉はかわいらしい。

ただ一人の血の繋がりである。

どの人よりも近しく感じられる。

だけど、だからこそ。

「ひさしぶりにおうたに。しばらく・・」

悪童丸は近づいてくる別離を告げたくなくもあり、

告げねば成らぬとも思う。

「しばらく・・・?」

留まった言葉の先が気になる。

「う・・うん」

「なんじゃな?おまえらしゅうない」

素直で歯切れのいい男童のはずであるに?

「あのな」

「う・・ん?」

言い渋る悪童丸をしっかりとらまえる瞳が優しい。

だから・・いいとうない。

「あのな」

「さっきから、なんじゃな?あのな。あのなと、勢もききあきるわ」

どうやら、かなえの勘気な性もうけついでおるらしく、

眉がきりりと吊り上がった。

「うん。あのな」

はたりと勢の目とかちあうと、

これ以上言い渋るわけには行かなくなった。

「わしはもうしばらくしたら、葛城山に篭るんじゃ」

「葛城山?あの生駒の近くの?」

「ああ」

「い、いつまで?」

「わからぬ。行を早く得れば早く・・」

むっと黙った勢の顔がぐっと鴨居をにらんだ。

上向きに目を見開いておらねば、涙がこぼれそうであった。

黙りこくった勢を窺う。

「お・・おこったのか?」

「べ、べつに」

言葉と裏腹に声はあらぶっている。

「おこったの。よわったのう・・」

悪童丸の言葉を独り言にさせるかのようにそっぽ向いたくせに

「なんで、おまえが、どこにいくで勢がおこらねばならぬ」

ますます、言葉がとがりだしている事にきがつかない。

「そうじゃの」

男というのはどうも、こどもである。

寂しくなると言い出せない勢の言葉をまにうけると、

「もう・・こぬほうがいいのかの?」

あと、十日?二十日?も、したら葛城山中。

逢う事がかなわなくなる姉にあえるも数えるほどとおもった。

小窓に向かって立ち上がりかけた悪童丸である。

「達者で・・」

「ちがう。ちがう」

かなしい声だった。

寂しい声だった。

「いかねばならぬのか?どうしても?」

こくりと頷く悪童丸を見る。

「もう・・あえぬのか?」

そうではない。

だけど。

「わしが帰ってくる頃には、勢はきっと、どこぞにとついでおろう」

「そんなに・・?」

すると、今ここでおうて居るが、最後になりえるということなのか?

「誰もおらんようになる」

かなえが死が勢の心を悲しみに染めているのに、悪童丸も居なくなる。

「いやじゃあ」

勢の心が胸を刺すようである。

強がってみせてはいたが、勢が心をさらけられるは、悪童丸しかない。

「いくなとはいわぬ」

だけど。

「勢は、どこにも行かぬからはよう・・かえってきてくれ」

「そうはいかぬわ」

「長く・・かかるかや」

諦めきれない呟きを漏らした勢である。

悪童丸は違うと小さく首を振った。

「勢は、いずれどこかにとつがねばならぬ。

わしが事をまってなぞ、おられぬ」

「い・・いかぬわ。勢は男なぞきらいじゃに」

「阿呆な事をいうておれ。

そんな、わがままをいうたら、ばちがあたるわ」

「ばち?どこぞの男のところへ行かされる方が、勢には、ばちじゃわ」

「あほうじゃな。ほんまに、あほうじゃ」

「な・・ん?」

何を悟り深く溜息を付いて勢のごてをききながす?

「女子は子を生む。神様から与えられた勤めじゃに」

ふんと勢は悪童丸を笑った。

「神様がくれる勤め?その神様が所にとつげというかや?」

神様が与えた女子の務めなぞではない。

夫なる男が勢に強いる事でしかない。

「あ。あほうじゃ」

悪童丸が勢を言い表す言葉がほかになかった。

「あほじゃ、あほじゃというて・・」

勢が涙声になる。さらに

「勢は・・どこにもいきとうない」

「勢」

悪童丸は勢の頭を撫でた。

「女子がおってこそ、勢もわしもこの世にうまれてきておる」

勢が顔を上げた。

「女子の有難さを喜ばねば。勢もその有難い女子じゃに。

われが女子に生まれたをあだにしては・・・いかぬわ」

勢にはいわんや、悪童丸にとっても有難い女子、

母かなえが事を明かすわけにはいかぬが、女子こそが生をはぐくむ。

「う・・・・ん」

悪童丸を見上げた瞳が素直にうなづいている。

「勢が、どこぞにいくまでに・・あいにきてくるるの?」

「そうじゃな」

約束じゃぞと勢が細い指をだした。

 



最新の画像もっと見る

コメントを投稿