憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

お登勢・・・4

2022-12-18 12:43:46 | お登勢

都に帰った清次郎は
すぐに、晋太の奉公先を探した。
同じ長屋に染物屋に勤める彦次郎がいた。
そのくちききで、
晋太は染物屋に丁稚奉公と、とんとんと話が決まった。
だが、問題はお登勢である。
清次郎の顔が利くところといえば、
女郎屋しかない。
清次郎がひとこと、声をかければ・・。
お登勢は綺麗な顔立ちをしている。
口がきけぬことなど、
身を売るに、なんのさしさわりもないだろう。
だが、そうはいかぬ。
晋吉がどんなおもいで、お登勢と晋太を清次郎に託したか。
これを考えると、
お登勢を岡場所になぞ、うっぱらうわけにはいかない。
上にお登勢の口が利けなくなったわけを考えても、
そんな、むごいことが出来るはずも無い。
「お登勢は眼の前で母親を犯され、そして、殺された」
晋吉はそういった。
お登勢の父親はきっと、
「声をたてるな」
そう言ってお登勢を狭い縁の下におしこんだんだのだろう。
声を立てたら、どうなるか。
お登勢はその答えをまのあたりにし、
その恐怖に声を失ったのだろう。
そのお登勢を女郎屋にたたきうったら、
お登勢はどうなるだろう?
声をうしなうことで、
心を狂わせる事をかろうじて、回避しているといっていい
お登勢だが、
客をとらされるようになるには、
まだ、何年か間があるだろう。
が、
其のとき、お登勢は母親が受けた恐怖を、わが身で味わう事になる。
「余程・・・。女郎屋に・・・」
口の利けない童の引き受け先を探しつかれると
清次郎に嫌な思いが湧く。
その思いを変えたのが、
ほかならぬお登勢であった。
どこにも行く当てが無いお登勢。
やっかいものにしかなれないお登勢。
その自分の居場所をつかむかのように、
お登勢は清次郎のために
こまめによく動いた。
部屋の掃除に食事のしたく。
井戸端のおかみ連中にまざり、洗濯もした。
どうにかして、
やっかいものにならないように、
お登勢は精一杯清次郎の身の回りの世話をし、
自分の事は自分でやりこなしていた。
どうにか、いきてゆく場所をつかみとるしかないと、
必死なお登勢を
女郎屋にうっぱらうことなどできない。
必死なお登勢にまけてはいられぬ。
お登勢を安心して任せられる商家を
探し出すまで、
お登勢の身の上を、口の利けぬことを
ようよう、わかった上で、
引き受けてくれる所をみつけるまで、
俺も弱音をはいちゃいけねえ。
な~に。
よく頑張るお登勢だ。
きっと、みつかる。
お登勢の必死さ。それだけを見ても
この童が奉公にでても、きっと、役に立つ。
清次郎を信じさせるに足りるお登勢であった。
お登勢が清次郎とともに暮らしてゆくために
おかみ連中に混ざり、
井戸端であれこれ、用事をこなしたことが、結果的に
お登勢の行く末を開かせる事になった。
「人買いの清次郎が人売りをしないでいるよ」
くちさがないおかみ連中は
清次郎が売っぱらわない女童をとり沙汰に
井戸端の話しにする。
当のお登勢が井戸端に現れれば
鵜の目鷹の目は当然のことになる。
「おやあ?あんた、いくつだい」
「名前はなんていうんだい?」
お登勢はかけられる言葉にはにかむように、
微笑んでうつむく。
人に声をかけられる。
思いをかけてもらえる事を素直に受止めていると、
おかみ連中も直感していた。
その直感で言葉を発さないお登勢が、
「おし」である事にも気がつくと、
途端に
同情と励ましをむける心意気のあついおかみ連中にあいなるわけである。
そして、小さな手で清次郎の着物を洗う。
うじが湧いているような清次郎の家の畳もふきあげる。
「よくやってるよお。あんなろくでもない男のところに
おいといちゃ、かわいそうなくらいだよ」
清次郎めは、あの子をどうするきなんだろうね?
え?
おしなもんだから、買い手がつかないんだよ。
じゃあ、いずれ、どこかに?
そうだよ。うっぱらわれるとしらず、
一生懸命ここで、くらそうとしてるんだよ。
かわいそうに。
いじらしいじゃないか。
どうにか、なんないかねえ?
こんな話がおかみの間でとびかうと、
へたな男より行動も早く、
おおくのつてと情報をもっているのが、おかみ連中である。
ちょいと、きいてみてくるよ。
中のひとりが、ひょいと、たちあがると、
井戸端をあとにした。
おかみのひとりがでむいた場所が
木蔦屋であり、
次の日に清次郎が朝から
お登勢をつれて話を聞いてもらいに行く事になったのである。
木蔦屋は大きな呉服問屋である。
清次郎ごときが、顔を出せる場所ではないと、
はなから、あきらめていた場所であるから、
当然、清次郎がお登勢のことを
口利きに云っているわけが無い。
だが、そこが、女同士のおかみ連中である。
いまじゃあ、
大店の女将と、うなぎ長屋のおかみ。
その境遇は天と地ほどの差があっても、
「娘の頃に一緒に習い事にいったもんさ」
と、言い出すものが居る。
「昔から、面倒見のいい優しい子だったよ」
昔のよしみできいてきたげたから、
あんた、その子をつれいってみてごらん。
清次郎の返事など聞く気も無く、
いう事だけをいうと、
お登勢の頭をなであげて、
「あんた。利口な子だよ。お芳ちゃんは、面倒見のいい人だから、
あんたが、頑張ってはたらきゃあ、ちゃんと、みてくれるよ」
こんな男の所にいたら、ろくな事になりゃしない。
お登勢にいう必要も無い言葉はしっかり、のみくだすと、
「あんたも、そのほうがいいだろ?」
と、清次郎をねめつけた。
「恩にきるぜ」
清次郎の本心であるが
おかみは
「あはは」
と、わらって、
「あとから、この子に泣きつくことのないように、
あんたもまっとうな商売をするこったよ」
辛い意見を忘れずにつけたして、
おかみは清次郎に手はずをつたえた。
「刻限にやあ、おくれるんじゃないよ。
お芳ちゃんは、したらない人間には、きびしいからね」
清次郎は振って沸いた良い話に胸をなでおろしながら、
お登勢に言い添えた。
「晋太はな。染物屋に奉公にはいったからな。
呉服問屋なら、ひょっとすると、
たまには晋太の顔くらいは、みれることがあるかもしれねえ。
そしたら、ちっとは、さびしくなかろう?」
お登勢がうんとうなづくのをみると、
清次郎ははっとした。
どんなに、しっかりしていても、
まだ、八っつの子供。
寄る辺のない身の上が一転、また、二転。
知る人もいない、
右も左もわからない都の空の下。
晋太と離れ離れになったこともどんなにか、悲しかった事だろう。
それが、
丁稚同士、顔をあわせることはおろか、口をきくことだって、
できはしないだろうが、
幼馴染の晋太がまた、お登勢の近くに帰ってくる。
それが、お登勢の不安を乗り越えさせている。
「あんちゃんが傍にいるんだね」
お登勢が口をきけたらそういっただろう。



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