矢嶋武弘・Takehiroの部屋

83歳のジジイです
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新・安珍と清姫(5)

2024年12月04日 13時56分24秒 | 「かぐや姫物語」、「新・安珍と清姫」

山寺で休息をとった安珍ら4人は、その後、清次の館がある中辺路(なかへち)へ戻るかどうかで議論になりました。安珍とメフィストフェレスはこのまま先に向かいたいと言いましたが、ドン・キホーテとハムレットはこれに強く反対しました。とりわけ、ドン・キホーテは声を荒げて安珍らを叱ったのです。
「安珍よ、このまま国へ帰るのは卑怯だぞ! 清姫殿に自分の気持をはっきり伝えたらいいじゃないか。男らしく振る舞え!」
友の叱責に安珍は苦しげな表情を浮かべましたが、彼の気持は変わりません。このまま故郷の白河へ帰りたいのです。もう一度清姫に会ったら、仏道に精進しようという自分の決意が崩れるかもしれません。いえ、清姫の魅力にすっかり参っている自分を、安珍は痛いほど分かっているのです。彼はドン・キホーテの主張に懸命に抵抗しました。ドン・キホーテの方も譲りません。
こうして議論は堂々巡りとなりましたが、そのうち、安珍の気持が少し分かったのか、ハムレットが彼に同情する考えを示すようになったのです。これにはドン・キホーテが驚き呆れ、今度は彼とハムレットの間で論争が繰り広げられました。2人の論争はいつまでたっても止まないようです。こうして、安珍の身の振り方をめぐる議論が長々と続きました。

 一方、安珍を追う清姫はついに印南(いなみ)に達し、地元の人たちに彼の消息を聞いて回りました。誰もが彼女の疲れきった異様な姿を不審に思いましたが、そのうち幸運なことに、ある茶店の人が安珍らしい2人づれのことを覚えていて清姫に教えました。彼女は直感でそれが安珍らに間違いないと信じ、すぐに印南の北を目指したのです。
また、清姫の探索を続けていた与謝野晶子らも紀州・田辺に着きました。ところが、あまり体調が良くなかったベアトリーチェが疲労でダウンし、ヒュパティアも足を挫いたりして休息をとらざるを得なくなりました。
3人がここに留まることは清姫に追いつけないのですが、仕方がありません。しばらく田辺で足留めになったのです。

 その頃、山寺ではドン・キホーテとハムレットの議論がまだ続いていました。ここで安珍の身の振り方を決めなければなりません。清姫に再会しようとも国へ帰ろうとも、もう最後の決断の時を迎えたのです。時間が迫っていることは、安珍もメフィストフェレスも分かっていました。そこで、ハムレットが最終的な提案をしたのです。
「どうだろうか。ドン・キホーテと僕が清姫殿に会うとして、安珍とメフィストはこのまま先に帰ることにしては。そうすれば、事は円満に収まると思うのだ。いろいろ考えたが、安珍は清姫殿に会わない方がいいだろう」
「そんなことはない! 安珍は彼女に会って、はっきりと自分の気持を伝えるべきだ。最後ぐらいはきちんとするのが、礼儀というものだろう」
ドン・キホーテがすぐに反論しましたが、今度はメフィストフェレスが口を出しました。
「ここまでくるとこじれるばかりだ。ドン・キホーテが言うことは正論だが、今は異例の事態だと思う。緊急避難的に事を処理するのはやむを得ないと思うが・・・」
「メフィスト、お前はいつも“逃げる”ことばかり考えるのだな。安珍はそれに引きずられたんだ。お前の責任も重いぞ! さあ、安珍よ、何か言ったらどうなんだ?」
すると、安珍が苦しげな表情を浮かべて次のように言いました。
「申し訳ない。君たちには本当にご迷惑ばかりかけている。これも私の不徳の致すところだ。仏道に精進しようという気持はまったく変わらない。だから清姫殿にはもう会わず、このまま国へ帰らせてほしい。故郷(くに)では珍念和尚様をはじめ皆が、今か今かと私の帰りを待っている。これ以上、心が乱されることは避けなければならない。どうか私の気持を察してほしい」
そう言うと、安珍は袖で目頭を押さえました。彼が涙を浮かべることは滅多にないので、皆は押し黙ったまま言葉になりません。しばらく沈黙が続きました。
すると、その時です。寺の境内に異様な姿の若い女性が現われました。蒼白い顔色をした彼女の着衣は乱れ、編み笠も破れてまるで“幽霊”のような佇まいです。それはもちろん清姫でした! 彼女はついに安珍らに追いついたのです。

 みなが一様に驚きましたが、中でも最も驚いたのは安珍です。清姫の姿を見るやいなや、彼はもう逃げ腰になり立ち上がりました。すると、ドン・キホーテが安珍の前に立ちはだかり次のように述べたのです。
「安珍よ、清姫殿が来られたではないか。ここで何もかもはっきりとさせよう。さあ、座って彼女と話し合ったらいい」
ドン・キホーテはそう言うと安珍の肩に手をかけ、彼を座らせようとしました。するとこの時、清姫が声を上げました。
「安珍様、ようやくお会いできましたね。どうか私の願いを聞いてください!」
彼女はそう言うと、疲れた足を引きずるようにして安珍に近づいてきました。見れば、彼女の草履(ぞうり)は擦り切れ、足から血が流れ落ちていました。この痛々しい姿に誰もが息を呑みましたが、もう普通の様子ではありません。
みなが清姫の姿に目を奪われていたその時、安珍が突然 ドン・キホーテの手を振り払って逃げ出したのです。彼は寺の境内に駆け下りると、振り返って声を張り上げました。
「みんな、申し訳ない! すべては私が悪いのだ。清姫殿もお達者で!」
安珍はそう言うと、寺の外へ一目散に飛び出して行ったのです。あまりに急なことなので、誰も彼を止めることはできませんでした。いえ、誰かが止めようとしても、安珍を押さえることはできなかったでしょう。それほど、彼の逃げ足は速く勢いがあったのです。ようやく、メフィストフェレスが寺の外へ駆け出しましたが、安珍は北の方角へと姿をくらましました。
残った者はどうしてよいのか分からず、しばらく沈黙が続きました。やがて、ハムレットが清姫に声をかけたのです。
「清姫殿、こうなっては安珍の行方を捜すのは容易ではない。しばらくここに留まって、次善の策を考えましょう。とにかく、あなたは疲れているので少し休んだ方がいい」
ハムレットはそう言って、清姫に近寄ろうとしました。ドン・キホーテも彼女を気遣って優しく手を差し伸べようとしました。ところが、清姫は2人をにらみつけ叫び声を上げたのです。
「私に近寄らないで! 助けは無用です。これ以上近づいたら、私にも覚悟がありますよ!」
清姫は“懐剣”を抜身で取り出すと、それを胸に当てました。彼女の目はぎらぎらと怪しげな光を放っていたのです。

 これを見て、ドン・キホーテもハムレットも呆然と立ちすくみました。外から戻ってきたメフィストもどうしていいか分からず、ただ唖然とするだけです。
「あっはっはっはっは・・・」
突然 清姫が甲高い声で笑うと、また狂ったような声を張り上げました。彼女は短刀を構えたまま不気味な笑みを浮かべ、3人の脇を通り抜けて行きます。ドン・キホーテが思わず一歩踏み出すと、清姫は叫び声を上げました。
「動かないで! もうほっといて! 私を追うなら死にますよ!」
彼女の必死の振る舞いに、3人はなす術がありません。「あっはっはっはっは・・・」 清姫がまた“狂声”を発しました。彼女はそのまま寺の境内に降りると、短刀を振りかざしたまま門から外へ出て行ったのです。「あっはっはっはっは・・・」 また狂ったような声が響き渡りました。メフィストが「えらいことになったな・・・」と呟きましたが、他の誰も言葉になりませんでした。

 ちょうどその頃、田辺で足留めを食った与謝野晶子らは、ようやく出立できる態勢になりました。ベアトリーチェが疲労でダウンし、ヒュパティアが足を挫いたことは前に述べましたが、2人ともなんとか回復したのです。彼女らは今までの遅れを取り戻そうと、大急ぎで清姫の後を追うことになりました。そして、間もなく海沿いの印南(いなみ)に達したのです。ドン・キホーテらがいるB地点の山寺まで、あとわずかな距離になりました。
一方、安珍と清姫が去って、ドン・キホーテらはしばらく放心状態になりました。今後どうすればいいのか・・・ すると、メフィストフェレスが吐き捨てるように言ったのです。
「僕はもう疲れたよ。これ以上、安珍に付き合うのは御免だ。ドン・キホーテもハムレットも好きなようにすればいいじゃないか!」
これには、さすがにハムレットがむっとした表情を見せ反論しました。
「メフィスト、君は安珍を見捨てるのか? 今が一番大事な時だ。どうしたらいいか、よく考えよう」
「その通りだ。安珍も気になるが、最も心配なのは清姫殿だ。あの様子では狂ったとしか思えない。なんとかして、一大事になるのを防ぐしかない。だが、良い方策があるだろうか・・・」
そう言ってドン・キホーテは頭を抱えましたが、妙案があるわけではありません。時間は刻一刻とたっていったのです。

 ドン・キホーテらがなす術もなく議論を交わしていたころ、与謝野晶子らはようやく彼らの所在をつきとめ、せわしない様子で姿を現わしました。
「あら、皆さん、こちらにいたのですね。ちょうど良かった。これまでの話をしましょう」
晶子がそう言うと、ドン・キホーテらも一安心といった表情を見せ、それから皆がこれまでの経緯(いきさつ)を手短に説明したのでした。しかし、そんなに時間はありません。清姫の取り乱した様子から、どんなことが起きるか分からないのです。
話し合いの結果、まず男性陣が安珍と清姫の行方を追うことになり、着いたばかりで疲れ切った女性陣は束の間の休息を取ることになりました。文句を言っていたメフィストフェレスもしぶしぶ皆の意見に従い、ドン・キホーテら男性陣は先に出発したのです。

 ちょうどその頃、安珍は北の方角へ必死に逃げていましたが、やがて大きな川の岸辺にたどり着きました。これは日高川と言って、対岸へ渡るには船に乗らなければなりません。ところが、船の渡し場がどこにあるのか分からないのです。安珍はしばらくその辺を歩き回っていました。
彼は大急ぎで逃げてきたので、清姫がすぐに現われるとは思っていませんでした。前にも言いましたが、安珍は体の引き締まった筋肉質の男なので、走力など運動には自信がありました。だから、清姫がすぐに追いついてくるとは思っていなかったのです。
ところが、日高川の岸辺を行き来しているうちに、やや遠くで人がざわついている気配を感じました。安珍は“もしや”と思いましたが、遠目を利かして見ると、なんと清姫の姿が目に入ったのです! まさか、こんなに早く来るとはと思いましたが、人がざわついていたのは、彼女が気が狂ったように金切り声を立てていたからです。
道行く人たちは“狂人”を避けるかのように、遠巻きにして清姫を眺めていました。その様子を察知するやいなや、安珍は懸命になって渡し場を探しました。しかし、なかなか見つかりません。そのうち、どうやら清姫が安珍の姿に気がついたようです。彼女が“狂声”を発しながら、こちらに近づいてきました。安珍は必死になって川上の方へ走っていきます。すると幸いなことに、小さな渡し場が見つかりました。

 彼は一目散にそちらへ駆けていきましたが、着いてみると肝心の船頭がいません。小船が渡し場に止まっているだけです。安珍は慌てました。そこにいた中年の男に船頭のことを尋ねましたが、彼も首を横に振って知らないと答えました。どうやらこの男も小船が出るのを待っていたようです。
そうこうするうちに、髪を振り乱した異様な姿の清姫が近づいてきました。不気味な笑みを浮かべた彼女は、なんと右手に短刀を握り締めていたのです。
「安珍様、ようやくお会いできましたね。もう、あなたを逃がすことはありません。ここで何もかもはっきりさせましょう。安珍様が私の願いを聞き入れてくれないなら・・・ 私はこの刀で自決します! さあ、私と夫婦(めおと)の契りを結ぶと約束してください!」
清姫はそう言うと一歩、二歩とにじり寄ってきました。もう絶体絶命です。万事休すかと思ったその時・・・ 安珍が突然“呪文”を唱えだしました。彼も必死です。師僧の珍念に習った呪文をここで思い出したのです。最後の手段でした。
安珍は一心不乱に呪文を唱えます。ここで清姫に屈すれば、彼の仏道への精進は水の泡と消えます。一分、二分と時がたちました。すると、あれほど猛り狂っていた清姫が目がくらんだのか、その場にしゃがみ込んだではありませんか。彼女は気を失ったようです。安珍はなおも呪文を唱えます・・・
やがて清姫は動けなくなりました。地面に横たわったその姿を確かめると、安珍は再び渡し場へと向かいました。するとその時、一人の船頭が現われたのです。
「船頭さん、急いで船を出してください! 私は恐ろしい“狂女”に追われているのです」
「なに、狂女だと? それは大変だ。すぐに船を出そう」
安珍の求めに船頭は快く応じてくれました。彼は先ほどの中年の男と渡し船に乗り込むと、ほっと一息ついたのです。こうして安珍を乗せた船は、気を失った清姫を後に日高川を渡っていきました。

それからだいぶ時間がたって、清姫はわれに返りました。気を失っていた彼女が正気を取り戻したのです。清姫はその辺りを見回しましたが、安珍の姿はまったく見当たりません。すると、彼が必死になって何か呪文を唱えている記憶が蘇りました。
「そうか、安珍様は私に呪(まじな)いをかけたんだ。何ということを・・・」
清姫はそう呟くと、心の底から激しい怒りが込み上げてきました。その怒りは彼女の全身に燃え広がり、やがてその姿は恐ろしい“大蛇”に変身したのです。
「おのれ、安珍め、もう許さない! このまま生かしておくものか!」
蛇に姿を変えた清姫は日高川の方へ進んでいきます。やがて渡し場に着くと、彼女は赤くただれた口を開き叫びました。
「誰か私を船に乗せていってくれ~!」
清姫は叫びますが、その辺りにいる人たちはみな彼女を恐れて近寄ってきません。“大蛇”を遠巻きにして見守るだけです。
「ええい、誰も乗せてくれないのか・・・こうなれば自力で渡るしかない。たとえ溺れ死のうとも本望じゃ!」
清姫は吐き捨てるように言うと、みずから川岸まで行き水の中へ身を沈めました。すると、暫くして大蛇が川面に現われ、身をくねらせて泳いでいったのです。陸(おか)にいる人たちは、その異様な光景をただ呆然として眺めるだけでした。
一方、安珍と清姫の行方を追っていたドン・キホーテらは、程なくして日高川のほとりに達しました。彼らは地元の人から奇々怪々な話を耳にすると、休む間もなく船に乗り川を渡って行きました。また、与謝野晶子ら女性陣もこの後から続いていたのです。

 先に日高川を渡った安珍は、一目散に北の方角にある寺を目指しました。それは道成寺(どうじょうじ)と言う天台宗の寺院で、安珍はこれまでに立ち寄ったことのある寺でした。また、ここは師の珍念和尚が若い頃に修行を重ねた由緒ある寺院だったので、彼が助けを求めるには最適のところだったのです。
汗まみれになりながらようやく寺に着いた安珍は、石段を駆け上って必死に叫びました。
「助けてください! 狂った女に追われているのです!」
安珍の叫び声に、寺の修行僧が数人現われました。彼らは安珍に見覚えがありましたが、狂った女に追われていると聞いては、やすやすと彼を受け入れるわけにはいきません。ここは仏道に精進する神聖なところなのです。修行僧らはくわしい事情を問い質しました。これに安珍がおおよそのことを答えましたが、聞いていた彼らはだんだん馬鹿らしくなりました。
「なんだ、ただの男女の色事(いろごと)か」
「そんな“エロ話”とは・・・呆れてものが言えないよ!」
修行僧たちは安珍の話に呆れ果て、一向に彼を助けようとはしません。安珍としては一刻も早く寺の中に逃げ込みたいのですが、まったく埒(らち)が明きません。こうして安珍と修行僧らの押し問答が繰り返され、時間だけが空しく過ぎていきました。
一方、大蛇に変身した清姫は日高川を渡り切ると、怒り狂ったように安珍の後を追いました。道行く人たちは恐れおののいて逃げるだけです。大蛇は口から“炎”を発していました。その炎が路傍の草木に燃え広がり、火や煙があちこちから上がったのです。このため、村人や道行く人たちは火を消し止めるのに大わらわとなりました。
大蛇は安珍が通った跡を寸分たがわず進んでいきました。そして、ついに道成寺にたどり着いたのです。


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